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第34話 お望み通りに(4)*
シャワーから上がった光輝は髪を拭きながらベッドに腰かけた。先にシャワーを済ませた奏汰も同じように座っていた。風呂上がりの光輝は何度も見たのに、好きだと自覚してから見るとやけに艶やかに見える。光輝のまだ子供のようなつるっとした頬を撫でたくなる。
「もう寝る?なんか映画でもつける?」
奏汰は邪念を心の奥にしまいこむと、ぼーっと髪を拭く光輝に声をかけた。やや長めの前髪がまだ濡れて光輝の額に張り付いている。その隙間から覗く光輝の黒い瞳が奏汰を映した。奏汰はドキっとしながら見つめ返した。どことなく寂し気で影のあるような光輝の雰囲気は元々好きだった。
「……奏汰さんって俺のこと本当に好きなの?」
光輝は突然疑問を投げかけてきた。
「…好きだよ。ずっとそう言ってるよ」
奏汰がそう言うと光輝はスッと立ち上がり、奏汰の前に立つ。
「じゃあ服脱いで」
奏汰は一瞬聞き間違えたのかと思ったが、これはつまり誘われているのだと思い至ると胸をときめかせた。
「服っ?なんで?するの…?」
ドキドキしながら奏汰は、念のため体を綺麗にしておいて正解だったと呑気に考えていた。しかし光輝は奏汰の期待に溢れた表情をどこか冷たく見下ろすと
「早く脱いで。なんでも言うこと聞くんでしょ」
と横暴に言ってきた。
「………わかったよ」
少しだけムッとしながら、奏汰は着ていたシャツとハーフパンツを脱いだ。
「下着も脱いで」
と言われ、躊躇いながらも脱いだ。
「横になって」
光輝は無表情のままで何を考えているのか分からない。奏汰はとりあえず言われた通りに体を横たえた。自分だけ裸を見られているのは随分と気まずい。
「…何するの?」
「別に何も。ただ見てるだけ」
光輝は無機質に言い放った。
「えぇ…」
奏汰は露骨にがっかりした声を漏らした。
「してもらいたかった?」
と光輝が言うと、奏汰の心には羞恥心と同時に性的な興奮が湧き上がる。
「何もしてないのに、勃ってる」
光輝は奏汰の股間をじっと見た。
「そんなの、」
こんなことをされて、欲情するなという方が無理だった。
「奏汰さんって本当変態だね」
ゾクッと奏汰の体に高揚感が駆け巡る。光輝がどういう思惑で言っているのか分からないが、侮蔑のこもったニュアンスに体が熱くなってしまう。
「変態って言われてもっと興奮した?」
「…っ」
光輝がじっと見下ろす部分は、視線と言葉だけで熱を持ってしまった。
「じゃあ、せっかくだし……抜く?」
「え…」
奏汰は困ったように眉を下げて熱っぽい瞳で光輝を見た。
光輝も奏汰の戸惑う姿にぞくぞくしていた。こうも自分の言葉に素直に反応するのはかわいい。けれど優しくしてあげたいという気持ちよりもっと意地悪をしたい気持ちがむくむくとわいてしまう。
「オナニーしてるとこ見せて」
「は!?や、やだよ…!」
思ってもみなかったことを言われ、奏汰は驚く。
「なんで?」
「なんでって…」
「恥ずかしいとこ見てもらうの好きなんでしょ」
奏汰はじわっと体が熱くなるのを感じた。
「ほら、興奮しちゃってんじゃん…」
事実、奏汰は触れられてもないのに完全に勃ってしまっていた。
「ちがっ」
「せっかくだし、ローション使う?」
光輝は勝手にローションを取り出して有無を言わさず奏汰に垂らした。
「うわっ…」
突然の冷たい感覚に奏汰は身をよじった。
「これでやって見て」
奏汰は戸惑って困ったような目で光輝を見たが、
「早く」
と急かされてしまった。
光輝は両手でそっと奏汰の眼鏡を外してベッドの脇に置いた。そして床にペタンと座るとベッドに上半身をもたれさせ、机で居眠りをするように頭を預けた。奏汰の頬に息が吹きかかるほど顔が近い。
奏汰は横目で光輝の顔を見たが、光輝は奏汰の足の間を気だるげに見ていた。
「まだ?」
光輝の目線が動いて奏汰と目が合う。
「なんでこんなこと…」
「奏汰さんが俺のいうことどこまで聞くのか知りたいから」
「え……」
「嫌ならいいです」
なかなか始めない奏汰に苛立ってきたのか、光輝は立ち上がろうとした。奏汰は慌てて手首を掴んだ。
「す、する。から、見てて」
「………」
光輝は冷たいとも言えるほど温かみのない目で奏汰を見た。その目にゾクッとしてしまう自分がいる。こんな目で見られていることに感じてしまう。性癖と感情が合致しない矛盾を感じながら奏汰は、手を動かした。
「すごい音…」
ローションをつけたせいで奏汰が手を動かすたびに生々しい水音がする。奏汰は最初のうちこそ遠慮がちに手を上下に動かすのみだったが、徐々に自慰行為に没頭し始めた。ここ最近、そういう気持ちになれず随分と遠のいていたせいもあり、異様に気持ちよく感じる。
その間、光輝は手を一切出すことなく、ただただ奏汰の痴態を見ていた。その視線を痛いほどに感じながら、一人で性行為をさせられている自分を情けなく思い、それが余計に奏汰を煽る。
「あっ、はぁ・・・はぁ…」
静かな部屋の中には、エアコンの音と換気扇の音、そして奏汰の吐息と卑猥な水音だけがする。一度入ってしまったスイッチをオフにするのは難しく、奏汰は恍惚としながら荒い息を吐いた。
「奏汰さんって本当にこういうシチュが好きなんだね」
その一言にぞくりと快感が駆け巡る。
「ん、ぁ…そんな、ことっ…」
恥ずかしいしそんな自分を気持ち悪いと思うのに、より一層快楽を感じる。
(コウくんに…見られてる、恥ずかしいとこ…見られて…)
「あ、イ、イクッ、…っ!」
「…はぁ…はぁ…」
奏汰は自分の腹にかかった精液を拭き取ろうと枕元のティッシュボックスに手を伸ばした。
「まだ拭かないで」
ピシャリと制止の言葉を言われて奏汰はビクッと体を震わせて手を止めた。
「えっ」
「もう少し見せて」
奏汰は仕方なく汚れたままの体を光輝に鑑賞させた。別に楽しそうにしているわけでもなくぼんやりと眺めている。
奏汰も視線を下げて光輝が見つめている部分をちらっと見た。そこはローションと体液が混ざり合って、てらてらと光っていた。
「まだ?恥ずかしいよ…」
「じゃあいいじゃん。恥ずかしいの好きなんでしょ?」
「そう…だけど…」
イッたばかりだというのに奏汰の下半身は光輝の言葉に簡単に疼いた。
(あぁ…やっぱり俺っておかしいんだ…)
(こんなんじゃなかったらカイくんとだってとっくに切れてて、今頃コウくんと普通に普通のセックスできてた)
(あぁ…やだなあ…気持ち悪いなあ)
「ねぇ」
という光輝の呼びかけに奏汰はハッと意識を戻す。
「もっかいしてみて」
奏汰はぎょっとする。
「もう出ないよ…」
「出るまでやって」
「なんで…」
「嫌ならいいけど」
そんな言い方をされたらするしかなくなる。ここ最近、光輝は何かにつけて『嫌ならいい』とすぐ言う。
「分かった……」
仕方なく奏汰は光輝に従うことにした。
「奏汰さんって一人の時はそうするんだね」
出したばかりで勃ちにくくなったそこを奏汰がゆるゆる触りながらどうにか刺激を与えていた。光輝は先ほどと同じ体勢でじっと見ながら呟いた。
「へ、変なこと言わないでよ…」
「変なこと言われた方が感じるんでしょ」
「そんなこと言わなくても、もういいよ。コウくんと普通にしたい」
奏汰は懇願するように言ったが、光輝は無視して
「……いつも片手しか使ってないの?」
と話を逸らした。
「え…?」
「左手も使ってみてよ。後ろいじってもいいし、乳首触ってもいいから」
「う…うん…」
奏汰は言われた通りに空いていた左手で胸元を触った。そこは触れる前からすでにぷっくりと膨らんでいた。
「んっ、あ、あ…」
指先で胸の先を擦ると、甘い痺れが下半身にかけて電流のように伝わる。そのせいで奏汰のそこは再び熱を持ち始めた。
「あ、よかった。もっかいできそうじゃん」
光輝はさして良くなさそうに言う。光輝の熱のない目にじっと見守られながら奏汰は再び吐精するまで自慰行為をさせられた。
「はぁ……はぁ……」
光輝は体液を拭う奏汰を放って、ベッドの中に潜り込んできた。そしてそのまま奏汰に背を向けて眠る体勢に入ってしまった。
「………今、何考えてるの…?」
「別に何も…」
「楽しかった…?」
「思ったより、楽しくなかった」
光輝はそれ以上何も喋らなかった。奏汰も何も言わなかった。
奏汰は部屋の照明を落としてしばらくぼけっと天井を眺めていたが、向きを変えて光輝の背中を見た。先ほどから微動だにしないが、寝息も聞こえてこない。
「コウくん」
「好きだよ」
奏汰は光輝の背中にそっと額をつけた。あまり肉のついてないほっそりとした背だ。光輝は驚いたのか肩を震わせた。
「君がいつも頑張ってくれてるの見てて…好きになった。君とならちゃんと恋愛できるかもしれないって思ったの」
光輝の薄い背中は今まで肌を合わせた誰よりも頼りない背中をしていた。それでも愛しく感じる。
「伝わるまで俺も努力するよ。おやすみ」
奏汰は光輝の温かさを感じながら目を閉じた。
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