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第44話 付き合ってあげる(4)

 「ずるい!」  光輝は奏汰の部屋に入るなり叫んだ。女子は四人部屋か二人部屋、男は六人部屋にぎゅうぎゅうに放り込まれている。奏汰のように一人で部屋を使ってる部員はいない。 「まぁいいじゃん。おいでよ」  狭い部屋だがシングルベッドが置いてある。奏汰は詰めるように端に寝ると、空いた空間をぽんぽん叩いた。  光輝はその空いた空間に横になった。奏汰に腕枕をされて抱き合う形で寝転んだ。男二人でシングルベッドはかなり狭い。抱き合わないと体が半分はみ出る。 「いい匂い」  奏汰は光輝の頭を抱え込むようにして匂いを吸い込む。奏汰と抱き合うのは久しぶりだった。寝巻きとして着ている薄いシャツ越しに奏汰の肌の温もりが伝わってくる。  しばらく二人は静かに抱きしめ合っていたが、やがて奏汰が口を開いた。 「葬式で久しぶりに…兄貴に会ってさ」 「兄もいたんですか?」  妹の話をすることはあったが、兄がいるなんて話は初めて聞いた。 「兄もいたんだよ。俺の名前って奏汰でしょ。奏でるっていう字。妹は歌う音でかのん。親が音楽教師でさ、音楽っぽい名前がついてるの。でも兄の名前は和宏っていうんだよ。平和の和にうかんむりにナ書いてムのやつ」 「お兄さんだけ渋い名前なんですね」 「そうそう。兄の名前だけおばあちゃんがつけたの。自分の名前と死んじゃったじいちゃんの名前合体させてさ」  光輝は突然始まった『兄』語りに、どう受け答えしたものか分からずとりあえず聞くことにした。 「それでお兄ちゃんは、ほとんどおばあちゃんに育てられたんだよ。母から母親の役目を奪ったんだよね。二人目急かされて俺のこと妊娠したり仕事復帰急かされたりしてさ」  なんだか不穏な話に変わってきたが、さらっと話しているのはあまり重い話にしたくないのだろう。 「お兄ちゃんは家でも外でも問題児でさ。おばあちゃんも毒親みたいだったって前に話したよね。兄に異様に当たりが強くてさ。それでお兄ちゃんグレて、高校卒業したあと家出したんだけど、葬式行ったら子供と奥さん連れてきたもんだからびっくりしちゃった」  と奏汰はオチを言ったつもりなのか、一人でフフッと可笑しそうに笑った。 「…な、なんの話ですか?」  光輝はそんな家庭の事情を笑えるはずもなく、かといって的確なコメントも思いつかない。だが奏汰は構わずに話す。 「それで、お兄ちゃんに男が好きなんだって言っちゃった」 「え!?」  急展開だ。  奏汰は今まで誰にもカミングアウトをしてこなかったと聞く。家族など奏汰にとって一番話しにくいだろうことは光輝にも分かる。光輝でさえ、母や姉に今すぐ伝えるつもりはない。 「でも別に何も言われなかった。ふーんって感じだった。そんなもんなのかなあ」 「それは…人によると思いますけど」  これは本当に人によるのだ。光輝は高校生の時に学年中にバレた。気持ち悪いと思う人、どうでもいい人、重く捉える人、好奇心を抱く人。本当に様々だったと思う。 「それで、今日、彩乃さんに君とのこと突っ込まれてさ。ちゃんと言おうと思ったんだよ。俺に気があったの分かってたから。君と付き合ってるって。男が好きって。今までごめんなさいって。……でも何も言えなかった。バレてたのに言えなかった。お兄ちゃんには言えたのに」  奏汰は情けない顔をした。ああこのことが言いたかったのか、と光輝はやっと合点した。 「それで落ち込んでたんですか?」 「俺落ち込んでた?」  光輝は奏汰をじとっと見つめる。 「はっきり言いたかったのにちゃんと言えなくて、また勝手に情けなくなって勝手に落ち込んでたんでしょ。しょうもな」  この奏汰のおよそ他人にはどうでもいいことでぐだぐだ悩む気質、どうにかならないものかと光輝は思う。自分もそれなりに面倒な性格だが、奏汰はまた違った意味で面倒だ。 「奏汰さんって、プライド高いっていうか自分への理想が高いですよね。もう良い子ちゃんやめればいいのに。実際はかなりヘタレじゃん」  奏汰は一瞬ぽかんとしたが、 「ふふっ」  と肩の力が抜けたようにふにゃりと笑った。 「何笑ってるんですか」 「君といるとなんか気が抜けちゃうんだよ。最初から駄目なとこばっかり見せてきたからかなあ」 「俺にこそ気使ってくださいよ。俺のこと好きなんですよね」 「ほんとだね、ありがとう」  奏汰は光輝をぎゅうと抑え込むように抱きしめる。 「いや励ましてるんじゃなくて貶してるんですけど」 「だからありがとうって言ってるの」 「………」  まさか貶されて喜んでいるのではないか、と光輝が訝しげに見ていると、 「コウくんって何座?」  奏汰は全く関係ない話を振ってきた。心なしかスッキリした顔をしている。 「乙女座…」  からかわれるような気がして光輝は身構えた。大体乙女座と言うとからかわれる。 「乙女座?じゃあ誕生日!?」  奏汰は十二星座の該当日を把握しているのだろうか。 「今月の十五日ですね…」  光輝の誕生日は間近に迫っていた。 「早く言ってよ」 「別に…誕生日なんてそんな楽しみじゃないですよ、もう」 「どうして?君だったら誕生日は彼氏とロマンチックに過ごしたーい、とか妄想してそうなのに」 「それは…そうだけど。でもなんか、もう…」 「スピカだね」  奏汰は遠くを見るように天井を眺めながら言う。 「スピカ」 「乙女座の一等星」 「今見える?」 「今は見えないんだよ。十二星座って誕生月に見えないんだよ」 「蟹座と乙女座って結構相性いいんだよ」  蟹座は奏汰の十二星座だ。 「奏汰さんって星座占い好きなの?」 「好きだよ。星座好きだもん」 「なんかさっきから実のない会話ばかりしてる気がする」 「いいじゃん。実のない会話しようよ。知りたいよ、君のこと。俺のことも知って欲しい」  奏汰がじっと光輝を見つめる。やや垂れた優しい目が自分を見ている。と思うと光輝はやはり嬉しくなる。そもそも奏汰は甘く整った顔をしている。柔和でちょっと童顔で綿菓子みたいだ。だからずるいと思ってしまう。 「それでセックスしたい。君と」 「え……」  ぽわんとした気持ちで奏汰を見つめていたのに急に直接的な単語が降ってきて、光輝は一瞬固まる。 「まだだめ?」  と言いながら奏汰の手は擦るようにシャツの中に滑り込み、脇腹の辺りを撫でた。 「いや、だめでしょ、こんなとこで。不純異性交遊すんなって言ってたじゃん」  光輝は慌てて奏汰の手を掴んで外につまみ出した。 「異性じゃないじゃん」 「屁理屈すぎる」 「美味いもん食ってでかい風呂入って横に君がいてこれでセックスできたら最高なのになあ」 「…………」  どうも奏汰は本気で言っているらしかった。いいよ、と言ったらやられてしまいそうだ。 「キスしていい?」 「それくらいなら…いいですけど…」  奏汰は光輝に覆い被さると片手でそうっと光輝の顔を包んだ。そして柔らかく唇を重ねるだけのキスを何回もした。奏汰は光輝の唇を食むようにリップ音を立てながら口を吸った。 「もっとエロいキスして」  奏汰が光輝の耳元で囁くと、ぶわっと肌が泡立つ。こういう行為が久しぶりなのもあってその気はなかったのにその気になってきてしまう。  再び口付けられると奏汰の舌が光輝の唇を撫でた。奏汰の唇はふわふわしていて気持ちが良い。舌も柔らかくて、絡ませていると蕩けるような心地がする。  奏汰は服の上から光輝の胸をそっと愛撫する。びくっと光輝が身を捩った。 「あっ、わざと変な触り方してる」 「いいじゃんちょっとくらい」  と言って、奏汰は光輝を抱きつぶすようにぎゅっと抱きしめてくる。ついでに股間を押し付けられたが、薄い布越しに奏汰のそこが熱を帯びて固くなっているのが分かり、光輝は動揺して奏汰の下でもがいた。 「ちょ、ちょっと!」  その様子がおかしいのか奏汰はふふっと揶揄うように笑った。 「ねぇ、いつか俺とまたしてもいいって思ってくれたら君のこと抱かせて」 「えっ、なんで…」 「なんでって…なんでだろう。君が可愛いからかな」  奏汰は本当に愛しいものを見ているような目で光輝を見た。この目を光輝は知っている。星を見たりケーキを見たり、綺麗で可愛いものを見ている時の目だ。 「………しましょうか。帰ったら」 「ほんと?」 「うん…」  光輝は奏汰にギュッと抱きついた。奏汰は自分のことを好いている。それはきっと本当だろう。だが、奏汰のことを100%信じているわけではない。光輝より自分を受け入れてくれる人が現れたら、そっちの方へ簡単になびいてしまうような心許なさが奏汰にはある。けれど今は、安心感だけを感じていたかった。  

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