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第43話 付き合ってあげる(3)
一日目の合宿は天文台を見学したのち、ホテルについて自由行動になった。ここは温泉街でも有名な地域だ。各々、温泉を楽しんだりや温泉街を散策したりしたのち夕食になった。夕食のあとは懇親会という名の飲み会だ。未成年は飲酒厳禁だが、酒が飲める三年生を中心に先輩たちが酔っ払い始めてダル絡みをし始めると光輝は一人抜け出してきた。一年生の幹事長をやっている人の良い佐伯は先輩たちにまんまと捕まっていたので生贄として置いてきた。
温泉にはあまり興味ないが、せっかく費用を払っているのだから堪能しておきたい。光輝は人がたくさんいる時間帯を避け、日付が変わるころに大浴場にやってきた。平日のせいかロッカーはほとんど空いている。大浴場の扉をがららと開けても、中に人影は見当たらなかった。
体と頭を洗って、周りを見回すとどうも露天風呂があるらしい。せっかくなので外に行くかと光輝はガラスの扉を開けた。
「あれ?コウくん?」
という声が聞こえて光輝は驚く。隅っこに奏汰っぽい人影が湯に浸かっていた。灯りが小さくてあまり見えないが、間違いないだろう。そもそも自分を『コウくん』なんて呼ぶ人間はこの世に奏汰しかいない。
「なんでこんな時間に入ってんの?」
「奏汰さんこそ」
離れるのもおかしいので、奏汰の横にざぶざぶ入った。思ったよりも熱い。
「えー、だって嫌じゃん。男と入るの」
光輝も同じような理由なので分かる。同性に欲情すると気づいてから、男の裸を見ることに罪悪感がある。
初めて会った時に一緒にシャワーを浴びたことはあるが、風呂に入るのは初めてだ。光輝がちらっと奏汰を見ると奏汰の白い肌が夜闇に浮かんで見えた。鎖骨や喉ぼとけの綺麗なラインがくっきりと見える。なんとなく緊張してしまう。
さすがに公共の場で変なことにはならないだろう。奏汰は夕食が始まる前に「未成年の飲酒と喫煙は厳禁」とかなり厳しい口調で言っていた。そして「不純異性交遊も」なんて冗談めかして言っていた。彼は三年生の幹事長をしているが、別にサークル全体のリーダーではない。だというのにほとんど奏汰が仕切っていた。体よく使われているのである。
「宴会まだ続いてる?」
「あー、俺が出た時は続いてましたね」
「一年で酒飲んでる子とかいない?」
「いませんよ。奏汰さんって結構厳しいんですね」
「当たり前でしょ。ここのホテルずっと使わせてもらってるし、俺がいるうちはホワイトなサークル目指してるから」
ふうと息をつきながら奏汰は空を見上げた。山小屋ほどの瞬きではないが、都心から離れたこの地も星空が綺麗だ。満ちかけた月も浮かんでいた。
「もうすぐ満月だね」
「月の近くにでかい星がある」
「…あれは土星だね。九月になると月にくっついてる」
光輝はあまり月が好きではない。昔好きだった人を思い出してしまう。でも思い出の上書きのために奏汰を利用するのはもう嫌だった。自分の過去など関係なく奏汰を見てみたかった。
「もうすぐ皆既月食があるんだよ。今日だったらちょうど良かったんだけど」
「皆既月食…」
月が食われるのか…と思うとなんだか小気味が良い気がしてくる。
「一緒に見ようか」
「うん」
光輝は奏汰の肩に自分の頭を乗せてみた。固い骨と柔らかい皮膚の感触。奏汰は嫌がらなかった。ちらっと奏汰の顔を見るとぼんやり虚空を見上げている。
朝は元気だったのに、パーキングエリアから目に見えて奏汰は元気がない。と言っても気づいたのは光輝だけだろうが。
「どうしたの?疲れてる?」
光輝は何気なく尋ねてみた。
「何が?」
「悲しそうな顔してる」
「そう?」
「あの女になんか言われたの?」
「あの女って彩乃さん?そんな呼び方しないでよ…」
彩乃を庇ったと思ったのか、光輝はちょっとムッとした顔をした。その素直さが面白くて奏汰はふふっと笑った。
「君とのことバレてたよ。そりゃバレるか」
「でもあの人、俺が男が好きだって誰にも言ってないっぽいですよ」
光輝は彩乃にバレたことにビビっているのかと思い、一応フォローを入れてみた。前回の合宿で光輝は男が好きだと彩乃には伝わったはずだが、そんな噂は広まっていないようだった。
大体一人くらいは同性愛者とお近づきになりたい女が現れるものなのに、そんな人は一人もいなかった。
「彩乃さんはそんなことする人じゃないよ。違う、違くてさ」
奏汰はバシャっと顔に湯を浴びせた。
「ねぇ、のぼせそうじゃない?俺の部屋来てよ」
「なんで?」
「誰もいないから」
「なんで誰もいないんですか?」
「俺が一番働いてるもん。特権特権」
と奏汰は悪戯っ子のように笑った。
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