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第49話 最終話(前編)*

小さい頃の自分が泣いている。 「俺はほんとは悪い子なんです」 と泣いている。 大人になった奏汰はその子にそっと近寄って頭を撫でてあげた。 「そうだね。でも、それでいいんじゃない?」 そう言ったら自分ももう大人なのにぼろぼろ涙が出てきてしまった。 夢の中で小さい自分と抱きしめ合っていっぱい泣いた。 「コウくん?」  目を覚ました奏汰は、隣に光輝がいないことに気づいて辺りを見回した。時計を見るともう午前中が終わろうとしていた。寝すぎたせいで頭がぼーっとする。外は今日も暑そうだ。  ガチャっと誰かが家に入ってきた音がして、奏汰はベッドから顔を覗かせた。玄関から光輝が入ってくる。 「あ、奏汰さんおはよう」 「どこ行ってたの?」  光輝はあちーと言いながら、何かが詰まったレジ袋をローテーブルの上にどさっと置いた。 「朝飯?昼飯?買ってきました。サンドイッチですけど。家に何もなかったから」 「え、ありがとう」 「もう食べる?シャワー浴びる?」  そういえば昨日は事後にシャワーを浴びていない。しかし、体中を見回したけれど汚れなどはついていない。しかも、裸で寝てしまったはずなのに何故か下着とシャツだけは着ていた。奏汰は不思議に思いながら、ふと昨日のセックスを思い出して顔を赤くした。とんでもなく乱れたような気がする。思い返すのも嫌で奏汰は記憶を遡るのをストップした。  光輝の方をちらっと見ると、何事もなかったかのように袋からサンドイッチやサラダを取り出して並べていた。奏汰が好きなヨーグルトもあった。 「昨日の...」  おもむろに光輝が言い始めたとき、奏汰の心臓は飛び出そうになった。 「皆既月食なんですけど......」 「えっ、あっ、ああ!皆既月食ね!うん」  なんだセックスについてじゃないのか、安心した矢先、 「あーーーーー!!!見るの忘れたーー!」  と奏汰は叫んだ。 「そう、だから俺が写真撮ってみたんですけど、撮れてますかね?」  光輝はテーブルの上に置いてあったカメラを取って、奏汰に渡した。 「えっ、コウくん1人で見たの?」 「うん。赤くなっててなんかグロかった」  光輝が撮った写真を確認すると、意外にも良く撮れている。真っ赤に光る月が何枚も収められていた。ますます自分も肉眼で見てみたかったと後悔した。 「起こしてくれればよかったのに」 「起こしたんですよ。でも、ぐっすりで全然起きないし。俺が体拭いたり服着せたのも覚えてます?」  全く覚えてない。奏汰は首を振った。 「じゃあ、良かったんですね」  『何が』とは言わずに光輝はくすりと笑った。 「うぐ...正直...とてもよかった...」  奏汰は恥を飲み込んで正直に言った。からかわれるかなと思いながら恐る恐る光輝の顔を見る。 「それなら、いいんです」  しかし光輝はふっと満足そうに微笑んだ。 「…………」  奏汰は光輝の顔に見惚れる。どういうわけか、光輝がいつもより大人びて見える。さらりとしたやや長めの前髪の隙間から静かに瞬きをする瞳が見える。それが静けさを湛えた夜空のように映った。 「お腹空いたから食べていい?卵サンドとレタスハムサンドあるけど半分こでいい?」  奏汰が見惚れていることなど気づかずに、光輝は床に座ってサンドイッチを開封しようとする。 「その前にこっち来て」  奏汰は光輝の手を止めさせた。 「え?」 「ここ、おいで」 「え……」  ベッドに座ったままの奏汰が指し示した場所は膝の上だった。奏汰はぽんぽんと自分の膝を叩く。光輝は困惑しながらも後ろ向きに座ろうとした。 「いやいや、普通こっちでしょ」  奏汰は光輝の脇をつかんで、ぐるっと回転させると抱きつかせるように自分の方に向けた。光輝は奏汰の膝を跨いで向き合うような形になった。 「普通じゃなくない!?」  光輝はたじろぐが奏汰はにこにこしながら、大きなぬいぐるみで遊ぶ子供のように光輝を抱きしめた。奏汰は光輝の胸に顔を埋めたり、すりつけたりする。 「昨日、ほんとは俺が君のこと抱きたかったのに」  奏汰は光輝の胸の中で悪戯っぽい目をして光輝を見上げた。 「えっ...だって」  対する光輝は困ったような目を向けてきた。 「だって何?」 「奏汰さんのこと、全部俺のものにしたかったんだもん」 「……可愛いなあ、君は」  再び奏汰は光輝の胸に抱き着く。 「俺はもう君のものだよ」 「ほんと...?」  光輝は一度だけ息を飲むと、『ほんとにいいの?』と確認するようなニュアンスで問う。 「そうだよ、だから大切にしてね」  光輝も奏汰の頭を抱えるように抱きしめた。奏汰のふわふわの細い髪の毛を撫でつけようとしたが指が震える。本当に俺のものになってくれたんだろうか、と。 「ねぇ、しようよ。もう一回」  奏汰は光輝の胸に顔を押し付けながら、くぐもった声で言う。そのまま光輝の返事を待たずに、光輝の短パンの広い裾から手を突っ込んで尻を揉みだした。 「うぎゃ!」  光輝は驚いて奏汰から離れようとするが、奏汰は光輝の腰をがっちりホールドして逃げられないようにした。 「ちょ、ちょっと待ってよ」 「待たないよ」  昨日も同じような会話をしたような、と奏汰は内心笑う。言っている人間は反対だが。  奏汰は今度はシャツの裾から手をいれて光輝の背中を撫でた。そこは熱がこもっていて、汗で湿っていた。光輝のいろんな場所に触れたい。自分も彼のものになったつもりだが、彼もまた自分のものだと実感したい。 「あっ」    奏汰の大きな手と細い指が光輝の背を這う。久しぶりに肌に触れられ、光輝は奏汰の指先から溶かされていくような錯覚を覚える。思わず声を出してしまい、光輝は慌てて口を押さえる。 「相変わらず感じやすいね」  シャツをめくられて肋骨の辺りに吸い付かれる。光輝はびくりと身を捩った。 「ねぇ、どうされたい?」 「どうって...」  光輝の顔は途端に真っ赤になる。行き場をなくして泳ぐ目が可愛い。初めて会った時を思い出す。その時も今も、 「めちゃくちゃ甘やかされたいって顔してる」  奏汰は光輝のシャツを胸までめくると、小さい乳首を甘噛みした。光輝はいよいよ慌てる。 「で、でも!俺、もうされなくても…。俺、ポジションとか本当にどうでもいいんです。奏汰さんが俺のことずっと好きでいてくれたら、俺は……」  ふふっと奏汰は笑う。自分も光輝も同じようなことを考えていたらしい。 「いいじゃん別に。なんだって。俺も君も色んな方法で愛し合おうよ」  困り果てた光輝の目と目が合う。  甘やかされたい、癒されたい、優しくされたい…初めて会った時からずっとダダ漏れている光輝の感情と誠実に向き合いたい。光輝が望んでいるからではない。自分がそうしたいのだ。自分を受け入れてくれた彼を自分も受け入れたい。色んな方法で。 「あ、愛!?」  光輝はさらに顔を赤くさせた。 「愛だと安っぽい?好き、の方がいい?」  奏汰は光輝の頭を抱き寄せると、耳元で囁いた。 「好きだよコウくん」 「好き、すごく好き」 「あっ...」  耳や髪に口付けをされながら囁かれて、光輝は多幸感に頭が酩酊しそうになる。  こんなふうに好きだと囁かれながら、好きな人と触れ合うことを何回願っていたか分からない。このまま身を任せてしまおうかと思った時、光輝はハッとする。 「あっ、ま、まって、俺シャワーしてない...」  奏汰は一瞬だけピタッと止まるが、すぐに手を光輝の股間に伸ばした。 「じゃあ、今はこっちだけしてあげる」 「うわっ」  光輝は奏汰の手をから逃れようと仰反る。しかし腰を掴まれていて離れられない。 「待って、ほんとに待って!俺、昨日ヤッてからシャワーしてないってば!」 「ゴムしてたじゃん」  だからどうした、とでも言いたげに奏汰は光輝自身に口をつけようとしてくる。 「そういう問題じゃないかも!」  光輝は奏汰の頭を掴むと自分から引きはがした。しかし、なおも奏汰はくっついてこようとするから、結局、ベッドの上でドタバタと揉み合った末に奏汰は光輝を押し倒した。 「もう観念したら?」 「う……」  奏汰は光輝の短パンを下着ごとずらすと、露出した陰茎をちろっと舐めた。光輝のそこはたちまち大きくなる。 「あっ、だめ」  光輝の声音は煽るようなそれではなく、本気で慌てているようだった。 「俺、そんなことされたことないから、すぐ出ちゃうかも」  そういえば、口でしてあげたことがなかった。ずっと、何もしてあげてなかった。 「いいよ。またあとでするから。ご飯食べてシャワー浴びたら今日はずっとしよう」  奏汰は光輝の性器を掴んで優しく下から舐め上げた。それだけでそこはびくりと震えた。 「あ、」 「コウくん、好き、好き、好き…」  奏汰は光輝の性器に口をつけながら内腿や腰に優しく触れる。何度も何度も『好き』と繰り返した。かつて、『好きって言われてみたい』と光輝は言っていた。それを思い出しながら。  優しくされると気持ちがいい。  好きって言われると気持ちがいい。  好きな人から愛されるのはすこぶる気持ちが良かった。 「あっ、奏汰さん、ごめん...イキそう」  たいした愛撫もされていないのに光輝は達しそうになっていた。自分のことを好きな人がいる。その人が自分に触れている。好きだと囁いている。きっとこれ以上幸せな瞬間は自分の人生ではもうない気がした。  いっそ今、この瞬間に死んでしまいたいと思った。

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