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9.「君」

 料理が運ばれてきて、テーブルに並べられた。本当なら一品ずつ運ばれてくる料理なんだろうけど、さっき北條さんが頼んでくれたから、一気に。  目の前に並べられた料理に、何だかすごくわくわくしてしまう。 「なんか、綺麗ですね、料理」 「綺麗かな?」 「色合いが。めちゃくちゃ、綺麗です。赤とか黄色とか緑とか……」 「まあこういう料理は見た目も重視されるからそうかもね」  言いながら、北條さんは、クス、と笑った。 「君はどんな料理が好きなの」 「和食が好きなので――しかも、お店みたいにはできないので、まあ、基本は茶色が多いですね」 「なるほど……確かに和食はカラフルではないかもね」 「ふふ。ですね。――頂きます」  何やらたくさん並べられているフォークたち。どれから使うんだっけ。外側から使うとかだっけ? 「使いやすいサイズのフォークで食べていいよ。オレしか居ないし。オレもそうするから」 「あ、はい」  すかさず声を掛けてくれるとこも。なんかいいなと思ってしまう。  ぱく、とひと口。 「……あ、おいしい」  なんか口の中に広がる風味にびっくり。 「わー、めちゃくちゃおいしいですね、サーモンと……アボカドですか」 「そうだね。レモンとオリーブオイルで味付けしてある」 「このみじん切りのは?」 「ケッパーとディルかな」 「ん??」 「ケッパー」 「けっぱー??」 「と、ディル」 「でぃる……?」 「つぼみの酢漬けと、ハーブだよ」  クスクス笑って、北條さんが説明してくれる。 「これすっごくおいしいです。……作れるかなあ。ケッパーとディル、ですね?」 「うん」  クスクス楽しそう。 「料理するの?」 「まあ。ほぼ和食専門ですけど。――母があんまり体調よくない人だったので、オレは一通り食べれるものは作れますけど。まあこんなのは一切作ったことない……というか、作ろうって思ったこともないです」 「まあ確かに、家では作らないよね。オレも和食は好きだよ。朝ごはんは、いつも和食。ばあちゃんが和食好きな人だったからさ」 「作るんですか?」 「普段は作ってもらってるか、買ってくるか。作れないことはないけど……まあ、他にやること、たくさんあるから」 「そうなんですね」  頷きながら、二口め。 「……わー。おいしい。こういうのも作ってみようかな――あ、でも材料費かかりそうですね。なんか高そう」  クスクス笑いながら言ったら、北條さんは、面白そうに笑った。 「好きなように料理してくれていいよ。それくらいは、ちゃんと報酬として出すから」 「――んー、まあ。ほどほどで……。たまの贅沢とかは良いと思うんですけど。もうオレ、お金あんまり使わないで暮らすのが染みついてるというか……?」 「……じゃあまあ、ほどほどに、ね」  なんだかクスクス笑われて、頷かれるのだけれど、やっぱり、この人は嫌な感じは全然しないので、笑われてても、気にならない。 「なんか……オレの周りには居ないタイプの人だなぁ、凛太くん」 「そうですか? ……ていうか、北條さんこそ、あんまりいないですよ?」  オレみたいなのは、いるんじゃないかなあ?? そんな特殊じゃないと思うけど。  北條さんは、特殊すぎな感じ。 「あ。そうだ、それ」 「?」 「オレのこと、下の名前で読んでもらえる? 瑛士だよ」 「あ、そうですね、じゃあ。瑛士さんで、いいですか?」 「うん。君は、凛太くんでいい?」 「――でも、瑛士さん、結構年上なので……呼び捨てな方が自然かも……?」  そう言ったら、ふむ、と考えて、「凛太」と、オレの名前を口にする。 「ん。いいね、凛太って、響き、可愛いな。くんをつけない方が可愛いかも」 「可愛いですか?」  ちょっと良く分からないけど。 「じゃあ、君のことは、凛太、って呼ぶね」 「はい」  ――この人。  「君」って言うんだよなあ。  お前って言うαが多かった気がする。  別に友達にお前って言われるのは、全然気にならないんだけど、仲良くもない偉そうな人に「お前」って呼ばれるのは嫌いだった気がする。  君、か。  なんかその呼び方をしてくれる、その一点だけでも。  ――瑛士さんは、とっても、好ましい気がする。  

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