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21.憎めない
授業の後、図書館で勉強していて、気づいたらもう二十一時を回っていた。
また明日は朝からだし――と、息をついた。
「そろそろ帰ろ、竜」
「――だな」
本を閉じて、背を伸ばす。
「目が痛いー」
目薬をさして、こめかみをグリグリ押す。んー。集中しすぎたかも。
「帰んのめんど。つか、凛太、飯どうする? 途中で食堂行けば良かったな」
「そうだねぇ……なんか集中しちゃってたから……」
さすがに今日は作る気にはなれないなあ、と思っていると、竜が「駅前でラーメンでも食べる?」と聞いてきた。そうだね、と言いかけて、止まる。
「でもなんか、もたれそう……オレ、おにぎりいっこ、とかでいいかなあ、もう」
「じゃあ、オレもなんか買って帰る」
図書館を出て、スマホのマナーモードを解除しようと取り出したら。
二十時過ぎに、瑛士さんからのメッセージ。「ごめん、気にしなくていいよ。連絡ありがと」と入ってた。
まあ、約束してる訳じゃないしね。軽い感じの返事にホッとする。
ここ数日ちょっと早く帰れてたけど、帰るの遅くなる日もザラにある。
瑛士さんだって、あの時間に食べに来るの、いくら会社が近いって言ったって、大変そうだったもんね。
というか、お迎えに来る、楠さんが大変そうだったしな。
「――凛太、また裏のフォロワー、増えてたな」
「そうだね――鍵の方が増えてる」
「表の方は五万くらいだっけ?」
「――そんだけ、色々思うことある人が多いってことだよね」
ため息をついたオレに、竜も、ただ黙って頷く。
「早く医者になんないとー!」
「叫ぶな」
クッと笑って、「早くって言っても、卒業はしないとな」と竜が言うのに頷く。
「まあそうなんだけどさ。こうしてる間にもたくさん色んなことがある訳でさ。まあでも……頑張るよ。契約結婚だってさ、その為だもん。勉強にぜんぶの時間を費やしたい」
「――まあ、良いドクターになるのは、賛成」
「うん。だよね」
ふふ、と笑い合って、改札前で竜とは別れた。
「早く寝ようね」が、最後の言葉。
早く帰って、シャワー浴びて……冷凍ご飯、あっためよ。塩のおにぎりとか。梅。おかか? おかずはいいや。あーでも……みそ汁だけは、作ろうかなあ……。
とにかく早歩きで歩いて、瑛士さんのマンションに帰った。
ほんと、このマンションは凄いなぁ。父のマンションもすごかったけど、落ち着いて見ると余計、設備とか色々比べ物にならない。
セキュリティ、しっかりしてるし、瑛士さんが言ってたΩのヒート対策の部屋も見せてもらったけど、超豪華だった。βの管理人がいつも笑顔でむかえてくれるし。エレベータは四台あって、うち二台は、途中止まりなし。カードを当てた階にしか止まらない。
オレがもっと、ΩっぽいΩだったら、もっと喜んだかも。怖いなーと思うようなことから、なるべく守ろうとしてくれてる気がする。まあでも、これは、瑛士さんみたいなαからも言えることだよな。世にはヒートトラップとか、色々あるし。瑛士さんみたいなαなら、罠をしかけても、番になりたいってΩは居るのかも。
――ヒートを使って、番になって……それで、そのΩは幸せになるのかなあ。
αはそのΩを、ちゃんと愛していけるのかなあ……うーん……。
ぼんやり考えながら、エレベーターに乗り込んだ。
――Ωしか飲まない薬は、色々ある。
普段から、フェロモンが出ないように常用して飲む弱めの薬。完全にヒートが起こってしまった時に抑える強めの抑制剤。番を解消する薬。解消した後に起こる様々な後遺症を抑える薬。その他、不調を抑えるための、たくさんの種類。
しかもこの抑制剤とかを飲むことによって、具合が悪くなって寝込んだりもする。それ用の薬まである。
……薬を飲むことによって、また別の薬って。意味分かんないよね。しかも、なんか、人によって効果が違う。まあそれは、人によって、Ωのランクやヒートが違うから。
オレは、普段から常用しなくても済んでるけど。オレみたいなのは、珍しいんだと思う。
ランク判定できないって、そうそう居ないらしいし。
しかも――値段が、高い。
人口比率が低いから、そもそも研究者が少ないっていうのもあるし、症例も少ない。治験に協力するΩも少ない。研究に協力しても、実験体として、ひどい扱いを受けたりするΩもいる、そんな噂があるから、余計、居ない。
となると。
いい薬が次々に作られもしないし、競争も無いから、安くもならない。
悪循環。ため息が漏れる。
医者になって、患者を診ながら、製薬会社で薬の開発に関わりたいけど――……。
Ω用の薬を、積極的に作る製薬会社――。既存のところは、今の高い薬で満足してる気がする。安くしようとかもっとよくしよう、という気概が見られない。
なかなか道のりは遠いんだけど。諦めない。
スマホのSNSを開く。表も裏も、どっちの垢も、色々来てる。ざっと見て、緊急のはないな、とチェックだけ。
――あとでやり取り、しないと。
部屋に入って、とりあえず、シャワーを浴びた。
瑛士さん、隣に居るのかなあ。二十二時だから……まだ仕事?
昨日までは十九時くらいに夕飯を食べて、仕事に戻るのを見送ってからは朝までは見ないから、瑛士さんがいつ帰ってるとかも、知らないし。
――まあ、なんか最初した話では、お互い忙しいから、むりむり絡まなくてもいいよね、みたいな話だったし。とりあえず、家族に紹介して、いざ結婚ってなるまでは、ゆっくりしててって言ってた。
なのに、なんか、楽しそうにご飯食べに来ちゃうとこ。
なんか憎めないけど。
鏡の前で髪を乾かしていたから、自分の顔が勝手に綻んだことに気付いた。
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