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34.でっかい犬

「あれですね、瑛士さんはどんな人からもモテてきたんでしょうね」  って、まあ、すごく分かるけど。 「混乱しなくていいですよ。多分オレくらいですよ、何も感じないのは」 「――なんか、もしかしてオレ、慰められてる?」  クスクス笑う瑛士さんに、そんなつもりもないですけど、とまた笑ってしまう。  オレに、男として見られなくても、何も困らないと思うだけだし。 「というか、昨日本当にご迷惑かけて、すみませんでした。あと、ありがとうございました、いろいろ」 「いや、いいよ。オレも、なんだかすごくよく眠れたし」  ふふ、と笑う瑛士さん。オレは、ベッドから立ち上がった。 「オレ、今日学校行きたいので、シャワー浴びてきますね」 「――ああ、学校なの?」 「飲み会のこと忘れてて、全部途中で帰ってきたので、今日は午前中だけ行こうと思って。午後は家で読みたい本がたくさんあるので帰ってきますけど」 「そっか」  瑛士さんは「オレも午前は仕事なんだけど」と微笑む。 「あ、瑛士さん、昨日のお礼に――時間があるなら、朝ごはん、食べますか?」  何気なく聞いた言葉に、瑛士さんは、ぱっと顔を上げてオレを見た。 「いいの?」 「あ、もちろん。いいですよ。何時に出ますか?」 「食べたら出る」 「時間はいいんですか?」 「今日は会社でやることだから――京也さんに言っとけば平気」 「じゃあすぐシャワー浴びて作りますね」 「――じゃあ、オレもシャワー浴びて、身支度整えてくるね」 「はい」  立ち上がった瑛士さんが「ほんと、よく寝たなぁ」と呟く。 「そんなに普段、眠れないんですか? 忙しくて?」 「いや――なんとなく、寝付けないことが多くて」 「そうなんですね……ホットミルクとか、入れましょうか?」 「――」 「寝る前、はちみつの……って、いらないですか」  すぐに返事が来なかったので、余計なこと言ったかな、と思って、最後付け足したら、瑛士さんが「んー、ほしいんだけど、でもね」と続ける。 「オレ、帰るのも寝る時間もバラバラだから、迷惑でしょ」 「オレ二十三時くらいまではいつも起きてるので、全然、いい、ですけど……すぐできるので、こっちにくるの、面倒じゃなければ」 「じゃあお願い」 「――あ、はい、あ、でも、レンジ使えば瑛士さんもすぐ出来ちゃうと」 「来て迷惑じゃないなら来る」  食い気味に感じる瑛士さんに、オレは、ふ、と笑ってしまう。 「――迷惑じゃないですよ」  なんだかなあ。この人は。  すごいランクのαで。オレとは、契約結婚で――そんなに無理に絡まなくても、とか言ってたのに。――そんな風に思うのだけど。  なんか、でっかい犬みたい。たまに可愛い。  ……年上で、カッコよくて、何でもできそうな人なのに。  これはモテるだろうな、本気で。  だからこその、契約結婚かぁ。  まあでも、瑛士さんは少し、モテ要素を減らす努力は必要だと思うんだけどな。こんな感じで人と付き合ってたら、好かれてるって勘違いする人も多そう。  優しすぎたり、面倒見が良すぎるのも、そういう意味で言うと、微妙だよなぁ。  なんて思いながら、シーツと枕カバーを剥がした。 「そういえば、全自動の洗濯機って、すごい便利ですね。干さなくてもふわふわって」 「ああ、ていうか、ベランダ、洗濯もの干せないからね」 「それがびっくりでした」 「お父さんのマンションは高層じゃなかったの?」 「オレは二階に住んでたので、ベランダの中ならオッケイでした」 「ここ、風が強いと、飛んでっちゃうからね……」 「ふふ。下着とか、やですよね」 「誰のか分かんないと思うけど」 「名前消しとかないと」 「――名前書いてるの?」  目が点の瑛士さん。ぷふ、と笑ってしまう。 「書いてないですよ。冗談です」 「――はは。なんなの」 「瑛士さんのその顔、楽しくて」 「その顔って?」 「ちょっとびっくりした顔。――あ、そろそろシャワー浴びてきますね」  時間を見ながら、シーツを持って立ち上がると。  クスクス笑った瑛士さんが、オレの頭にぽんぽんと手をのせて、くしゃくしゃと撫でた。 「戻ってきたらご飯作るの、手伝う」 「簡単なのつくっとくので、出かける準備してきてください」 「ん」  ふわ、とした笑顔をオレに見せて、瑛士さんはオレの頭をぽんぽんしてから手を離した。  ベッドの下に落ちてるズボンとかを拾い上げて、そのまま出ていこうとするので。 「え、そのかっこで外でるんですか?」 「――だって、誰も来ないし。隣だし」 「あ、そっか……」  一階、買い取ってるって……感覚的に、慣れない。  上がはだけたワイシャツで、下が下着だけ。  歩いてく後ろ姿、それでもカッコいいから、すごいなあ、と思いながら、オレはバスルームに向かった。

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