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68.やっぱり運命?

 えーーと。この三人で、これから一緒にごはん、て。  どんな状況……。  とりあえず、ご飯と豚汁をよそって、おじいさんの前に置いた。  席は、瑛士さんとオレが並んで座って、瑛士さんの目の前におじいさんが座ってる。オレの前は空席。なんか、二人並んで、面接でもされているみたいな感覚がある……。 「君が全部作ったの?」 「あ、はい……」 「豪華だね」 「今日は、張り切って作ったので……」  そうなんだね、と笑うおじいさん。……穏やかに笑うのが、優しく見える。ゆっくりな笑い方が、やっぱり、似てる。 「やっぱり、先に言っておく。じいちゃん」  瑛士さんがそう言って、オレと視線を合わせてから、おじいさんを見つめた。  んん? 何? ……まさか。 「何だ?」 「――三上凛太くん。オレ、この子と、結婚しようと思ってる」  あ゛あ゛。  こ、このタイミングなのですか、瑛士さん。  せめて食べ終わってからでいいのでは。と、びっくりしてるオレの目の前で。  おじいさんは、瑛士さんをじっと見つめた後、すぐに、オレに、視線を向けた。  何を思ってるか、オレには分からない。  怒ってるとかは、感じないし。驚いてるとは思うけど、その感情も、読めない。  何秒だろう。じっと見つめられて。オレは、逸らせずに、その視線を受けとめた。逸らせずに――というか、逸らしちゃいけないと、思って。  なんか、見つめ合うのが、永遠に続きそう……なんて思った時だった。 「――そうか」  おじいさんは、そう言った。 「凛太くん、と呼んでもいいかい?」 「はい」  緊張しながら頷くと、「雅彦さん、でいいよ。こいつみたいにじいちゃんて呼ぶのもどうかと思うし」と、笑う。 「雅彦さん……で、いいですか」 「いいよ。よろしく」  雅彦さんが、優しく、ふ、と微笑む。 「瑛士が、じいちゃんと人前で呼ぶのは――気を許してる人間の前でだけだからな。それ以外のところだと、おじいさん、とか、祖父が、とかね」  クスッと笑って、雅彦さんが言う。 「結婚――については、食事を頂いてから話そうか。冷めてしまうから」  低く静かで、でも響く不思議な声。   なんか自然と、言うことを聞いてしまいそうな――カリスマ性があるってこういうことかなぁ。――瑛士さんも、似てる。 「あ、はい。どうぞ。瑛士さんが出張帰りなので、頑張って作ったので……」  オレが言う途中で、瑛士さんは「絶対おいしいし、じいちゃん好きだから絶対」と笑う。  短い台詞の中で、絶対って二回も言った瑛士さんを見て、苦笑してしまう。雅彦さんも少し笑って、いただきます、と手を合わせた。  お椀を手に取って、そっと口をつける。少し飲んで、ふ、と目を大きくした。それから、もう一口。  雅彦さんは、固まってしまった。 「どうしたの、じいちゃん――おいしいでしょ?」  瑛士さんが、聞いてくれる。……あれ?  オレも自分でお椀を手に取って、こく、と飲み込む。  豚汁にはしちゃったけど……でも、だしの、鰹節と昆布のうまみ――やさしくて、深い。ふわ、と鼻に抜ける香りも、いつも通り。あれ。おかしいな。いつも通りだけど……。  そう思った時。 「――――……おいしいね……」  雅彦さんが、そう言ってお椀を見つめて――その瞬間。オレは、とんでもない光景を見てしまった。 「――――」  雅彦さんの瞳から、涙が、すぅ、と落ちた。  えっ??   ばっと、瑛士さんを見ると、瑛士さんも固まってて。  オレの方を、ゆっくり見つめてくる。  オレは正直、縋るような気持ちで。  瑛士さんを見つめ返す。  手の甲で涙を拭うと、雅彦さんは「……すまない。少し――驚いて」と、静かに言った。 「――料理は、誰から習ったか聞いてもいいかい?」 「母からです。亡くなってますけど……」 「……そうか」  ふ、と微笑む雅彦さん。そこでふと、思い出して。 「母は料理教室で習ったみたいですけど……」 「――なんて言う料理教室か、知ってる?」 「え。……料理教室の名前は聞いた覚えが――あ、でも……ちょっと待ってくださいね」  オレは席を立って、別の部屋に急いだ。前のマンションから持ってきたままの荷物からレシピを探して、リビングに戻る。パラパラめくってみるけど、とくに、そういう名前とかが書いてある訳じゃなかった。  というか、何で知りたいんだろ。 「すみません、書いてないので、どこかは分からないんですけど……結婚が決まった頃に、父に言われて行ったみたいですけど……」 「見せてもらってもいい?」 「はい」  どうぞ、と手渡したノートに視線を落とした瞬間。ふ、と微笑んだと思ったら。  ――俯いてしまった。 「えいじさん……?」  小声で瑛士さんを、見つめると。瑛士さんが、なんだかすごくびっくりした顔で固まってる。 「じいちゃん……?」 「――お前、気付かないのか」 「……いや……懐かしいなとは、すごく思ったけど…… それって――もしかして……」  瑛士さんは、何かに気づいたみたいなことを、言ってる。その言葉に、雅彦さんは、頷いた。 「――ばあちゃんの字だ。昔、やってた料理教室だな……」  え。ばあちゃん。  ――瑛士さんの、おばあさん?? の……料理教室???  なんだか情報がうまく繋がらなくて、呆然としてるオレの隣で。  瑛士さんが、はは、と笑い出した。 「どうりで……すごいほっとしたんだな、オレ――気付かなかった」  瑛士さんは、クスクス笑って、オレを見つめる。 「オレのばあちゃんと、母さん――と、凛太が作ってくれるのは、元が同じなんだね」 「――――そ、んなことってありますか……?」 「あるんだねー。面白いね」  瑛士さんは、オレを見つめて、クスクス笑う。 「やっぱ、運命だね、オレたち」  楽しそうに笑う瑛士さんに、オレは何も答えられない。

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