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69.つながる
「年を取ると涙もろくなるのかもしれないな」
食事を食べ始めて、雅彦さんが不意にそう言った。瑛士さんが意外そうに、ふ、と笑う。
「じーちゃんにもそんなことあるの?」
「あるみたいだな」
ははっ、と二人は笑い合ってる。
オレは微笑みつつ、何となく話に頷きながら、ご飯を食べる。
「にしてもよく分かったね、じいちゃん。だしだけで、分かるもの?」
「酢の物も見た感じ、似てると思ったし、長いもとぶりの唐揚げも見た記憶があるし、キンピラも――同じ料理でも、色合いや切り方や、飾り方、違うだろ? パッと見、似てると思ってたんだよ。それで飲んだから――ふと、いろいろ思い出した。まだその時は確信じゃなかったんだが――急にね」
雅彦さんは苦笑しながら、食事を続ける。
「――――……」
確かに、少し変えて作った時に、いまいちだなーと思って、レシピ通りに作りなおしたこともあったっけ。それはやっぱり、レシピがおいしいってことで――母さんも言ってた。野菜の切り方一つでも、味のしみこみ方が違うんだよ、て。
お皿にのせるときも、おいしく見えるようにって。そうそう、瑛士さんのおばあさんのレシピのプリントは、可愛い絵がいっぱい書いてある。
もちろん、自分で作ったり、他のレシピで作ったりするものもたくさんあるんだけど、今日は、張り切ってたから――母さんに習った料理を、自然と作ってた。
いくつも重なって、雅彦さんの中に、おばあさんを思い出させたんだよね。
オレの母さんが、瑛士さんのおばあさんに習った料理を、オレが母さんから習って、それが今につながって――とか思うと、なんだか、すごく感動してくる。
潤んでくる瞳を隠したくて、料理を見る振りで視線を落としていると、雅彦さんはオレを見て、「どうかした?」と聞いてきた。
「いえ」
普通に、何も、と言いたかったのに、息を吸ったら、ぐす、と鼻水の音。え? と瑛士さんがオレを見つめてくる。
「え。どうしたの、凛太」
「……いえ、あの……」
オレは首を傾げる。
なんかさっきもだったけど――なんか、情緒が……??
「よく分かんないんですけど……疲れてるみたいで?」
「疲れてて泣くの?」
困った顔でオレを見てる、瑛士さん。
「……いや……おばあさんの、味とか……見た目と、だしで、思い出すとか――瑛士さんのおばあさんが、オレの母さんと繋がってた、とか、なんか、いろいろ感動、したみたいで……あ、でも、どうして涙が出るかは、よくわかんなくて……」
俯いたまま言っていたら、一秒二秒置いて、瑛士さんが笑ったのが分かった。ティッシュを取って、オレの涙を優しくふき取る。上向かされて、ぎゅ、と目をつむってると。
「もう可愛いなあ、凛太……」
……また可愛い言ってる……。ていうか、雅彦さんの前でも普通に言うんだ……思いながら、なるべく普通に「疲れてるんだと思います……勉強しすぎてたかも……」と答える。
「そっか……少し休もうね」
クスクス笑いながら、「はい、鼻かんで」とティッシュを渡してくれる。瑛士さんが涙を拭いてくれたティッシュも受け取って立ち上がり、ゴミ箱のところで鼻をかんで、「すみません」と席に戻った。
「じいちゃんが、ばあちゃんに一途だったのを話した時も感動してた、凛太」
そう言った瑛士さんに、雅彦さんは、はは、と笑った。
「勉強って何をしてるんだい?」
「医学部の三年生なので、いろいろ忙しくて」
「ああ――それは忙しいね」
うんうん頷く。
「凛太くんも、少しは気分転換した方がいいかもね」
「――あ、ちょうどさっき、自分でも思ってました」
雅彦さんにそう答えると、瑛士さんがオレを見つめてくる。
「いつでも付き合うのに。海とか、連れてくよ?」
「あ、いえいえ……忙しいのに、瑛士さん」
はっ。雅彦さんの前で、デート? のお誘い、こんな感じで断っちゃ駄目かな。
「どこか好きなとこ、無いのかい? 遊びに行きたいような」
「んー。そうですねぇ……子供の頃は水族館とか、好きでしたけど……」
ふふ、と笑う。
「水族館?」
「はい。オレも母も好きだったので、何回か一緒に行って……」
「ああ。オレも。志桜里 ……ああ、ばあさんね? 志すに桜に里って書くんだけど」
「すっごく素敵ですね」
志桜里さん。オレのレシピは、志桜里さん、からかぁ。
名前がつくと、余計身近に思えるような。
「志桜里と、:(さくらこ)……あ、娘ね。瑛士の母と、瑛士を連れて、水族館にたまに行ってたなぁ」
「そうなんですね。どこのですか?」
オレが聞くと、「イルカショーが最大のとこ」と瑛士さんが笑う。
「あっ、オレも行ってました。イルカ大好きで」
瑛士さんの言葉に、ふふ、と笑うと、瑛士さんが「オレも。イルカっていいよな」と微笑む。
「ですよね」
ふふ、と頷く。
どこかですれ違ってたりしてたらおもしろいなぁ。なんて思ったりする。
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