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75.微妙な顔

  「料理も勉強も。いろいろね」 「でもオレ、やりたくないことはやってきてないですけど……」  そう言うと、ん? と微笑む瑛士さんに「やりたくないことって?」と聞かれる。 「んー……たとえば、交友関係とっても狭いですし」 「はは。そうなんだ」 「運動も大体苦手だし……」 「そうなの?」 「はい」  思い切り頷くと、瑛士さんはクスクス笑う。 「瑛士さん、いろいろしてそうですよね」 「さぁ……どうだろうね」 「しかもなんか全部さらさらっと出来てしまいそうです」 「んー。どうかな」  クスクス笑いながら、瑛士さんはまたマグカップに口をつけた。 「あ。そうだ。瑛士さん、さっき考えてたんですけど」 「うん?」 「雅彦さんに隠したままでいくんですか……?」  瑛士さんは、ふ、とオレに視線を向け直して、じっと見つめてから、苦笑した。 「それね……やっぱり迷ってる」  あ、そうなんだ、と頷いて、言葉を待っていると。 「凛太はなんで聞いたの?」 「――なんで、と言われると、ちゃんと言えないんですけど……話した方がいいのかなって」 「――そっか」  瑛士さんは微笑むと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「契約結婚なんて言うと、余計な心配をかけるだろうから、言わなくて済むなら普通に過ごすのがいいのかなって思ってたんだけど……隠し通せそうにない人には、言った方がいいかもね」  言いながら、飲み終えたマグカップをテーブルに置いた。 「さっき話してて、じいちゃんにはやっぱり隠し通せない気がしたんだよね。京也さんと拓真は、色々やるのに知っといてもらった方がよかったし、絶対漏らさないって信じてるから、伝える一択だったんだけど」 「あ、分かります。オレも竜だけは伝えとこうと思ったので」  身近だし、ばらさないって信じてるし。結婚を喜んでくれちゃいそうで申し訳ないから。  だからなんとなく、瑛士さんがその二人に話したのは分かる気がする。  父はオレが結婚しても離婚しても、関係ないだろうから、話そうなんて全然思わないけど。……相手が天下の北條グループのCEOって点では、父には関係はあるかもだけど。  ……とか、色々考えていると、ふと、瑛士さんが黙ってるのに気づく。  ん? と顔を上げて瑛士さんを見上げると。  なんか……微妙な顔をしているような……? 困ってる??  「瑛士さん?」  じっと見つめ返すと、瑛士さんがふっと気付いたように、オレを見つめ直して、微笑む。 「――なんか、いつも竜くん、話に出てくるよね」 「え? あ、竜ですか……そう、ですね。近くにいるので」 「ん。だよね。分かってる」 「……?」  ぽり、と頭を掻いて、瑛士さんが一息ついた。 「……んー。じいちゃんのことは……明日決めようかな」  そう呟いたので、オレは「瑛士さんに任せますね」と頷いてみせる。 「あ。竜といえば……」 「ん?」 「今日、教授たちのところにいって、オレ、診察受けてきたんですけど」 「うん」 「普通のΩの三十分の一くらいしか、フェロモン出てないそうです」 「……なるほど」  瑛士さんは一度頷いて、オレを見つめる。 「多分ヒートの時は少しは増えてるかもですが、でも、それも、αに感じ取られることは無いだろうって……それは前の病院で言われてたんですけど」 「……でも、竜くんは分かったんだよね?」 「あ、そうなんです。それで、教授たちが言ってた仮説が――オレのフェロモンは、特定の相手にだけ分かるのかも……って。相性がいい人にだけとか」 「――ふぅん……」 「だからそれだと運命みたいですねって教授たちに言ったら、教授たちは、オレが結婚すると思ってるので、可能性の話だからって、フォロー入れてくれてたんですけど……」 「……ん」  そこまで言った時、ふと、竜が言ってたことがよぎった。  あ。……なんか、瑛士さんの反応見てきて教えろ、とか言ってたような?  ふと、瑛士さんを見るけど。なんか、あんまり興味なさそうな気がする。さっきから、ふーん、とかむしろ全然反応薄いかな……。 「ただ、竜にも話したら、オレにそういう気になったことないから、運命の番とかは違うって。もちろんオレもそうなんですけど……」 「……ん」  ……やっぱり反応薄いなぁ。そう思うと、いつも瑛士さんって、にこにこ楽しそうに話しを聞いてくれてる気がするなと、ふと振り返りながら。 「なんかね、瑛士さん、教授たちが、オレのそういうのを「進化」かもって言ってて」 「進化?」  あ、反応してくれた。 「特定の、相性が良い人とか、運命の人とか……そういう気持ちに応じて、フェロモンが出せるとしたら。抑制剤とかの薬も飲まなくて良いなら、進化かもなって、教授たちが言ってて」  オレがそう言うと、瑛士さんはクスッと笑って、「凛太が進化の最先端ってこと?」と聞いてくる。 「だったら、オレも自分のこと研究してみたいなーって思って」 「凛太、自分で研究するのか」  クスクス笑う瑛士さん。 「今日少し検査したので、今日のところはそれ位でしたし……結果が出ても、よく分からないまま終わるかもしれないんですけど」  「そっか……また結果がでたら、教えてね」 「はい」  頷いてから、ふと視線に気づいて、瑛士さんを見つめ返す。 「? どうしたんですか?」 「――んー……ヒートになったら、オレも分かるのかなぁって、思ってさ」  瑛士さんの言葉を少しの間考えたあと、思わず、どうでしょう……? と、首を傾げてしまった。

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