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81.一緒のところに住む必要?

 その後二人はずっと楽しそうだった。  パーティー、その他諸々の進め方とかを話していて、オレは、美味しいコーヒーを飲みながらそれをずっと聞いてる感じ。  二人を見てて思ったのは、雅彦さんは瑛士さんと、ちょっとした秘密を持って色々すること、楽しんでそうだなあってこと。どうやってうまく回して、瑛士さんの困ってることを取り除くか、に論点が行ってて、二人とも本当に楽しそう。悪戯を仕掛けるのを楽しんでる子供みたい……。なんて、口には出せないけど、そんな風にも見えて、なんだか可愛く見えてしまった。  可愛い、なんてあてはまらない感じの人達だってことは分かってるけど、でも、瑛士さんもたまに可愛いなって思うから……やっぱり、似てるとこあるんだろうなあ……。  瑛士さんのお母さんが、雅彦さんの娘さんだから、瑛士さんのお父さんは、雅彦さんとは血がつながってないわけで……少しタイプが違うんだろうなと、言葉の端に感じるような。 「凛太は、そんな感じで大丈夫? そのパーティーで婚約を発表する感じで」  不意に瑛士さんがオレを見て、ふ、と瞳を緩めた。  優しい聞き方に、なんだか、ふわりと嬉しくなりながら、頷いた。 「そうすると、結婚式に参列してもらう、とかもしてもらわなくて済むから、凛太も気が楽だよね」 「そうですね」  確かに教授たちにも竜にも申し訳ないから、良かったかも。  むしろ最初から、オレの方じゃなくて、瑛士さんの周りに知らせることが目的だったもんね。 「そうしたら、今作ってもらってる契約の書類とかも、色々直してもらわないとだね。もうすぐできるから、凛太に確認してもらいに来るって言ってたから、あの二人に怒られそうだけど」  はは、と苦笑してる瑛士さんに、オレも苦笑いを浮かべると、雅彦さんが首を傾げた。 「契約の書類というのは?」 「んー。オレの結婚相手になってもらうために、色々条件とか。お礼にあげるものとか、色々文書にしようと思ってて」 「ああ。それはちゃんと作ってもらった方がいいよ」  そう言って雅彦さんが、オレを見て笑う。 「でも別に書類とかにしなくても、全然いいんですけど……婚姻届けとかの書類は必要だとは思ってましたけど」 「いや。長い期間、こいつの我儘に付き合ってもらうんだから、それ相応の対価は払うべきだしね」 「でも、オレ、今の状態はすごく勉強だけに集中できるし。それだけで、もうありがたいので」  そう言うと、瑛士さんは少し黙ってから、ふ、と息をついた。 「そうなんだよね、お礼としてとりあえず、今凛太が居る部屋、凛太に譲ろうとしたのに断られちゃったしさ」 「そうなのか?」 「そう。なんか怖いですって、言われてね。いらないって」  クスクス笑う瑛士さんに、雅彦さんも微笑んで、でも、と続ける。 「瑛士が集中して仕事ができるようになるなら、こちらからもお礼をしたい位だけどね」 「だよねぇ……途中でオレに何かあった時のこととか、色々条件組み込もうとしてたんだけど」 「瑛士に何かあったら、こっちでどうにかしてあげるから。まあ、大丈夫だけど」 「つか、オレよりじいちゃんの方が何かあるかもしんないじゃん、年的に」 「まだまだ元気だからな、オレは」 「つか、凛太はオレがちゃんと面倒みるから、オレが元気な限り、手、出さないでね」  そう言うと、瑛士さんはぱっとオレに視線を戻して、ぽんぽん、とオレの頭に触れた。 「今更凛太と無関係になんかなりたくないし。ずっと支えるからね」 「……あ、りがとうございます」  否定もできず、一応お礼を言ってから。 「でもちょっと思ったんですけど、婚約ってことにするなら、オレがあそこに住む必要ないんじゃないかなって」 「……ん?」 「婚約中なら別のところに住んでても問題ないって感じなのでは、とちょっと思ったんですけど……オレ、あそこに、住ませてもらってていいんですか?」  は? って感じで口を開けたまま、瑛士さんがちょっと首を傾げて、数秒めちゃくちゃ見つめられてしまう。 「えっと……」  そんなに変なこと言ったかな、と思った瞬間。 「何言ってんの、凛太。ダメに決まってるし」 「え。あ、そうなんですか?」 「そうだよ。だって――――ほら、婚約中から、もう一緒に過ごしてるくらい仲が良いってことでアピールしなきゃいけないし」 「あ、なるほど……」 「ね、そうでしょ? だから、絶対あそこに住んでてくれた方がいいから。てか、出てくとか、考えたの?」 「あ、いや……居る必然性が無いのに、いいのかなって……」 「出て行きたい?」 「……いいえ。あの、すごく、ありがたいですし……」  ――――瑛士さんと、一緒に居るの、楽しいし。  ……って。あれ。  ……あれ、これは言っちゃダメなやつかな。それは、別にあそこに居る理由にはならないか。  って咄嗟にオレ、何思ってるんだか。 「瑛士が必死すぎて、可笑しくてたまらないんだが」 「うるさいよ、じいちゃん」  し、みたいな動作をしてから、瑛士さんがオレを見つめ直す。 「だって、お父さんのマンションに戻りたくもないよね?」 「あ、はい。……それは、ほんとに……」  しみじみ頷いてると、雅彦さんと目が合う。 「事情、少し聞いてもいいかな?」  優しくそう問われて、オレは、最近何回目にもなる説明を、雅彦さんにもすることになった。   黙って聞いていてくれた雅彦さんは、少しの沈黙の後。 「αにまつわってくる問題だね……事情は分かったよ。なるほどね。それで瑛士と、お互いメリットがあって、そういう話になったんだね。――――……と言っても、不思議なんだが。どういういきさつで、そんな話になるんだ? もともと知り合いだった訳じゃないだろう?」  そう言われて、それはそうだよなぁ、と。瑛士さんは、なんて答えるんだろうと思っていると。 「……まあ初対面だったけど」  少し黙った後、瑛士さんは、クスクス笑ってオレを見た。 「ある意味――――……本当に、一目惚れだったのかもしれない。なんか、可愛い予感がしたのかも」  その言い方は初めて聞いた。  ……言えないよね、オレが怪しい店の前で行ったり来たりしてた、とか。でも、だからって一目惚れ、か……。  何か言おうとして変な風に息を吸い込んで、むせたオレは、二人にクスクス笑われて。  ……なんか結局、その話は、そのままうやむやに流れることになった。       

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