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84.どうしてだろう

 そう思った瞬間。  ふっ、と瑛士さんが笑った気配。 「どうしたの。凛太。ものすごい険しいんだけど、顔」  ふわ、と両頬包まれて、顔を上げさせられて、めちゃくちゃ至近距離で。  ふんわりした優しく緩む瞳で見つめられて、微笑まれる。  きゅ、と心臓が、縮む。 「何考えてたの?」  クスクス笑われて、思わず、ふい、と顔を背けてしまうと。  瑛士さんは、可笑しそうに笑う。 「嬉しそうに笑ってたのに、どうしてそんな顔?」 「えっと……いや。全然……大したことじゃなくて」 「そうなの?」  ふ、と笑う瑛士さん。 「……オレ、そんなに険しい顔、してました……?」  一目で瑛士さんに分かっちゃうくらい? と思いながら聞くと。 「んー。……まあ、いいや。今はイルカ、楽しも」  そう言って瑛士さんが笑ったところで、トレーナーのお姉さんが「最前列中央のお客様、ショーが始まりますので、どうぞレインコートのフードをかぶってください。多分想像されている以上に水が飛びますので、ショーの間、気を抜かないでくださいね」と言った。観客の人達が笑ってる。 「ほらほら。凛太、かぶって」  瑛士さんも笑いながら、オレの首の後ろに手を回して、よいしょ、とオレの頭にフードをかぶせてくれる。 「ふ。なんか、可愛いな、凛太」 「……可愛くないですよ」  苦笑して言うと、可愛いから、と言って笑いながら、瑛士さんもフードをかぶった。 「あ。瑛士さんもなんだか可愛いですよ」  なるほど、可愛いってそういう意味か。  ポンチョ型のレインコート、フードまでかぶると、確かにちょっと可愛く見えるかも。あ。言わないけど、雅彦さんもちょっと可愛い。  顔を見合って笑ってる間に、お姉さんがもう一度。 「フードのご協力ありがとうございます。気を付けていてもびしょ濡れになることもありますので、席を移動するなら今の内です」  そんな風に言うので、またどっと笑う観客席。  ちょっと見回してみたけど、ど真ん中に座ってる人達、笑ってるだけで誰も移動しない。  そうだよね、座る前にも注意されたし、こんなのも着させられてるし、覚悟の上だよね、とちょっと楽しくなってくる。    ショーが始まると、イルカは、上手に輪っかをくぐってジャンプしたり、お姉さんを乗せたままうまく泳いだり。やっぱりすごい。  ――――わくわくする感じは、子供の時の気持ちのままかも。  多少の水しぶきは飛んでくるものの、思ったほどではなかった。  すごく近くで見れるので、ものすごく気分があがる。  輪っかが、今までよりも高いところに上がっていくのを見ていたら――――えっ、あれ飛ぶの?? あんなに高く? と思ったら。もう。うう。スマホ出したい。  ずっと我慢していたのいだけれど、うずうずしてきてしまった。 「瑛士さん瑛士さん」 「ん?」 「オレ、写真、ていうか、動画撮りたいんですけど、スマホ出してもいいですか?」 「んー、いいんじゃない? いざとなればレインコートの中に、スマホ庇えば」  そう言ってくれたので、足元のビニールを開いて、鞄からスマホだけ出して、よし、と顔を上げた瞬間。 「あ」  瑛士さんの声がして。え、と思った瞬間。  瑛士さんが、オレの前に立って――――……?? 「え」  すごい水の音がして、周りの人達から、ぎゃー! みたいな声と、笑い声が響く。 「え。えいじ……さん??」  ……オレの前に居る瑛士さんがちょっとだけ固まってるので、後ろからドキドキしながら、声をかけると。  振り返った瑛士さんが、ぷは、と笑った。  ……うわ。 「すっげー濡れた」  せっかくレインコートも着てたのに、変に動いたからか。なんだか瑛士さんがびしょ濡れにーーー!! 「ひゃーすみません……!!」  オレなんかの前に立ったばかりにー!!  瑛士さんの後ろで、「大丈夫ですか~」みたいな、スタッフさんたちの声が聞こえる。濡れたーとか騒いでる人達も居るけど。絶対瑛士さんが一番濡れてるんじゃー! わー!!  あは、と笑いながら、瑛士さんは隣の席に座って、前髪を掻き上げた。 「凛太、スマホ濡れなかった?」 「一応防水なので濡れても良かったのに……ほとにすみません」 「全然へーき」  雅彦さんが面白そうに笑いながら、ほら、とタオルを差し出してくれてる。 「まー、上の方だけで良かった。乾くよ、すぐに」 「すみません……」 「いいから。イルカ見よ。ほら、動画、撮りな?」  クスクス笑って前を向いた瑛士さんに、なんだかもうこんなに庇ってくれたからには、録画しないと申し訳ないような気がして、スマホを向けた。  綺麗に飛ぶイルカは、めちゃくちゃカッコよくて感動。  ――――隣で、楽しそうに笑ってる、濡れた髪でもキラキラな、瑛士さんが目に入ると。  なんでだか、また、胸が。胃? が……。  ……痛いのか。違うかな……動悸?? 動悸なら胸か。なんて最後だけ冷静になりながら。  どうしてこの人は、こんなに――――こんな、感じなんだろ。  笑顔が。…………ほんとなんか、眩しい、みたいな。

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