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88.くすぐったいとか
会計を済ませてから、トイレで手早く着替え終えて個室を出ると、瑛士さんが鏡の前に居て、こっちを振り返った。目が合った瞬間に、なんだかちょっと照れ笑い。
「良いね。凛太、似合うよ」
「瑛士さんこそ―――そんな感じも、すごく似合うんですね」
Tシャツ姿は初めて見た。しかも、カッコいい感じとは言え、イルカの絵が描いてあるようなTシャツ。
……思ってたよりも全然違和感がないというか。
ていうか、カッコいいな。なんでも似合うんだなあこの人……と改めて思う。
髪もまだ濡れてるし、散らした前髪のせいか、なんだかすごく若く見える。
「ちょっと若返った気がしない?」
「ちょっとじゃない気がしますけど」
「CEOとかには見えないかな?」
「そうですね……ていうか、大学生って言われても信じます。大人っぽいだけかなって」
「そっかぁ――たまにはこういうカッコして、凛太と遊びに行くのもいいな。はしゃいでても許されそう」
瑛士さんは楽しそうに頷きながら、着替えや荷物をひとまとめにしている。はしゃぐつもりなのかなと、ちょっと可笑しい。
「凛太、じいちゃんのお菓子は?」
「リュックの中、入れちゃいました。雅彦さんに見えないように。あ、さっきの置物も入れときます」
瑛士さんから受け取ったお土産もオレのリュックに詰め込んで、二人で、ふふ、と笑い合いながらトイレを後にした。出口から離れて照明が暗くなっていく中を、大きな水槽の方に近づく。なんだか周りからの視線を感じて、オレは、隣を歩く瑛士さんを見上げた。
「……瑛士さん、パジャマくれたじゃないですか」
「うん」
「パジャマも、不思議な気持ちだったんですけど……外でお揃いで服着て歩くとか……学校の行事とかではクラスで着ましたけど、それって特に見られたりしないので……」
「まあそうだよね、クラス皆着てるんだもんね」
「はい。だから、二人で、こんな風に着てると……くすぐったいんですけど、なんか――」
ただでさえ目立つ人と、お揃い着てると余計に一緒に見られて、かなり恥ずかしい気もするんだけど。
んー……何だろう、今のこの気持ちは。嬉しいって気もするんだけど、なんかこの……くすぐったい感じ。
どんな言葉が当てはまるのかなあと歩きながら考えていると、瑛士さんが隣でクスクス笑い出した。
「オレ、分かるかも」
「え。オレの気持ちがですか?」
「んー……オレが分かるのは、オレの気持ちだけど。一緒じゃないかなーと思って」
「……言ってみてもらえますか??」
何だろう。ほんとに分かるのかな。瑛士さんなら分かるかも。
ちょっとワクワクしながら、瑛士さんを見上げると。
「なんか、ハッピーな感じ、しない? 幸せだな、とかさ」
「――あ。そうかもです。ハッピーっていいですね」
思わず食い気味に、うんうん頷いてしまうと。
瑛士さんは目を大きくして、オレを見つめてから、ふは、と笑い出した。
「そんなにめちゃくちゃ頷いてくれるとは思わなかった」
「あ。……すみません、なんか、ぴったりはまった気が、して」
言いながらかなり恥ずかしくなってきて、そこで言葉につまる。
オレ、今まで、あんまりハッピーとか、思ったこと無かったかもしれない。
おいしいもの食べて幸せ、とかはあったかもしれないけど。
誰かと何かして幸せとかあったかな。
そういえば、瑛士さんはたまに、凛太に幸せになってほしい、とか、オレに言うけど。
あんまり実感出来てなかったというか。
なんかオレって……そういう気持ち、欠けてたりしたんだろうか、と今更ながら、気づいたりして。
歩きながら、瑛士さんを見上げる。
「自分にハッピーとか使うのって……なんだか、ちょっと不思議です」
「ハッピーとか思ったこと無い?」
「あんまり思ったことなかったというか、一応普通に生きてきてたつもりなんですけど……オレ、瑛士さんと居ると、改めて感じるのかも……?」
思わずそんな風に言ってしまう。ハッピーとか思ったこと無いって、どうなんだろうオレ、と思いながら苦笑したオレに、瑛士さんは、瞳を細めて優しく笑った。
周りは暗いんだけど、水槽からの綺麗な青い光が、瑛士さんの瞳をキラキラさせて――なんだか不意に速くなる鼓動に、戸惑う。
「オレといると感じるのかぁ――――はは。もう……可愛いなあ、ほんと」
瑛士さんにくしゃくしゃ撫でられながら、なんだか引き寄せられてしまう。
また胸も痛い、と思った時。
「ああ、おかえり」
雅彦さんの声がした方に視線を向けると、瑛士さんとオレを見て、ふ、と面白そうに笑ってる笑顔が見えた。
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