93 / 139

88.くすぐったいとか

 会計を済ませてから、トイレで手早く着替え終えて個室を出ると、瑛士さんが鏡の前に居て、こっちを振り返った。目が合った瞬間に、なんだかちょっと照れ笑い。 「良いね。凛太、似合うよ」 「瑛士さんこそ―――そんな感じも、すごく似合うんですね」  Tシャツ姿は初めて見た。しかも、カッコいい感じとは言え、イルカの絵が描いてあるようなTシャツ。  ……思ってたよりも全然違和感がないというか。  ていうか、カッコいいな。なんでも似合うんだなあこの人……と改めて思う。  髪もまだ濡れてるし、散らした前髪のせいか、なんだかすごく若く見える。   「ちょっと若返った気がしない?」 「ちょっとじゃない気がしますけど」 「CEOとかには見えないかな?」 「そうですね……ていうか、大学生って言われても信じます。大人っぽいだけかなって」 「そっかぁ――たまにはこういうカッコして、凛太と遊びに行くのもいいな。はしゃいでても許されそう」  瑛士さんは楽しそうに頷きながら、着替えや荷物をひとまとめにしている。はしゃぐつもりなのかなと、ちょっと可笑しい。 「凛太、じいちゃんのお菓子は?」 「リュックの中、入れちゃいました。雅彦さんに見えないように。あ、さっきの置物も入れときます」  瑛士さんから受け取ったお土産もオレのリュックに詰め込んで、二人で、ふふ、と笑い合いながらトイレを後にした。出口から離れて照明が暗くなっていく中を、大きな水槽の方に近づく。なんだか周りからの視線を感じて、オレは、隣を歩く瑛士さんを見上げた。 「……瑛士さん、パジャマくれたじゃないですか」 「うん」 「パジャマも、不思議な気持ちだったんですけど……外でお揃いで服着て歩くとか……学校の行事とかではクラスで着ましたけど、それって特に見られたりしないので……」 「まあそうだよね、クラス皆着てるんだもんね」 「はい。だから、二人で、こんな風に着てると……くすぐったいんですけど、なんか――」  ただでさえ目立つ人と、お揃い着てると余計に一緒に見られて、かなり恥ずかしい気もするんだけど。  んー……何だろう、今のこの気持ちは。嬉しいって気もするんだけど、なんかこの……くすぐったい感じ。  どんな言葉が当てはまるのかなあと歩きながら考えていると、瑛士さんが隣でクスクス笑い出した。 「オレ、分かるかも」 「え。オレの気持ちがですか?」 「んー……オレが分かるのは、オレの気持ちだけど。一緒じゃないかなーと思って」 「……言ってみてもらえますか??」  何だろう。ほんとに分かるのかな。瑛士さんなら分かるかも。  ちょっとワクワクしながら、瑛士さんを見上げると。 「なんか、ハッピーな感じ、しない? 幸せだな、とかさ」 「――あ。そうかもです。ハッピーっていいですね」  思わず食い気味に、うんうん頷いてしまうと。  瑛士さんは目を大きくして、オレを見つめてから、ふは、と笑い出した。 「そんなにめちゃくちゃ頷いてくれるとは思わなかった」 「あ。……すみません、なんか、ぴったりはまった気が、して」  言いながらかなり恥ずかしくなってきて、そこで言葉につまる。  オレ、今まで、あんまりハッピーとか、思ったこと無かったかもしれない。  おいしいもの食べて幸せ、とかはあったかもしれないけど。  誰かと何かして幸せとかあったかな。  そういえば、瑛士さんはたまに、凛太に幸せになってほしい、とか、オレに言うけど。  あんまり実感出来てなかったというか。  なんかオレって……そういう気持ち、欠けてたりしたんだろうか、と今更ながら、気づいたりして。  歩きながら、瑛士さんを見上げる。 「自分にハッピーとか使うのって……なんだか、ちょっと不思議です」 「ハッピーとか思ったこと無い?」 「あんまり思ったことなかったというか、一応普通に生きてきてたつもりなんですけど……オレ、瑛士さんと居ると、改めて感じるのかも……?」  思わずそんな風に言ってしまう。ハッピーとか思ったこと無いって、どうなんだろうオレ、と思いながら苦笑したオレに、瑛士さんは、瞳を細めて優しく笑った。  周りは暗いんだけど、水槽からの綺麗な青い光が、瑛士さんの瞳をキラキラさせて――なんだか不意に速くなる鼓動に、戸惑う。   「オレといると感じるのかぁ――――はは。もう……可愛いなあ、ほんと」  瑛士さんにくしゃくしゃ撫でられながら、なんだか引き寄せられてしまう。  また胸も痛い、と思った時。 「ああ、おかえり」  雅彦さんの声がした方に視線を向けると、瑛士さんとオレを見て、ふ、と面白そうに笑ってる笑顔が見えた。

ともだちにシェアしよう!