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94.気合入れる

「すみません……もう平気です」 「ん。そう?」  大分恥ずかしくなりながらそう言うと、瑛士さんは微笑んでオレを離した。ゆっくり降りていくにつれ、だんだん落ち着いたけど、瑛士さんはずっと隣にいてくれた。  観覧車が地上に着くと、「おかえりなさい」とドアが開く。  係の子、一瞬固まってた。……いや、瑛士さんがカッコよすぎるせいかもしれないけど……でも、オレ達みたいな感じの二人が隣同士で座ってるのが、やっぱり変だったのでは。なんて、思ってるオレをよそに、瑛士さんはさっさと下に降りると、振り返ってオレに手を差し出した。  いつもは上にある瑛士さんの顔が、少し下からオレを見上げていて、すごく楽しそうな笑顔を浮かべている。  どき、と心臓が揺れて、手を出すのを少しためらう。  ほら、と更に手を差し出されて、その手に捕まって降りる。  捕まらなくても降りられるし、係りの女の子が、次の観覧車のドアを開けながら、でも絶対こっちを見てる気がするし……。なんでオレみたいのに、瑛士さんみたいな人が、そんな風にしてるのか不思議なのかも……って考えすぎ? ……なんか、これ、すごい被害妄想では……?  係りの子が見てるのは、ただ純粋に、瑛士さんがカッコいいだけかもしれないし。  おかしいな。こんな被害妄想とか、オレ、珍しいかも。  そもそも、周りの人にどう思われてるかとか、気にして生きてきてないし。  Ωだってバレないといいなーくらいの。まあフェロモン漏れなきゃバレないよねっていう緩い感じだったし。  瑛士さんが支えてくれた手がほどけた時。  オレは、両手で、頬をパチパチと叩いた。  しっかりしろよ、ほんとに。  頼りすぎだよ、瑛士さんに。弱るな、凛太!  息をついてから、む、と口を引き結んだオレ。  頬を叩くパチパチ音で、え? と驚いた顔で振り返った瑛士さんに、まじまじと見つめられた。 「どうしたの?」 「えと……気合、入れました」 「……どうして、今、気合が必要?」 「えーと……」  何だろう、何て言うとしっくりくるかな。瑛士さんに甘えすぎ、とかは言いたくないから、それを言わないとすると……。  少しの間、考えていると、瑛士さん、ふ、と面白そうに微笑んだ。 「そんなに考えちゃうなら、いいよ、聞かない」  クスクス笑う瑛士さんに、「なんとなく、でした」と一応言うと、瑛士さんは、そっか、と笑った。ぽん、と背中に手を置かれる。 「凛太、絶叫系、好き?」 「あー……あんまり乗った記憶が……瑛士さんは好きなんですか?」 「大好き」  子供っぽい笑顔に笑ってしまう。 「とりあえず行ってみよ!」 「あ、はいっ」  早歩きの瑛士さんに並んでついていくと、でっかいジェットコースターが目の前にそびえたつ。 「……こんなにおっきかったでしたっけ?」 「凛太、もしかして、前は乗ってない?」 「観覧車は覚えてますけど。あ、もしかして、背が足りなくて乗ってないかも。母さんも好きそうじゃないし」 「じゃあ初だね。どうする? 乗ってみる?」  どうなんだろう。高所恐怖症とかではないからいけるかな。  ……瑛士さん、めっちゃワクワクしてるから、断りにくい。 「乗ってみます」 「そうこなくちゃ~」  楽しそうな瑛士さんに連れられて、列に並んだ。近づいて見ていると、かなり速い。……あれ、無理かも? そう思うけど、隣でめちゃくちゃ楽しそうな瑛士さんに、なんだか逃げ出す気にならず、ドキドキヒヤヒヤしてる間に、順番が来てしまった。しかも運悪く一番前だ……。  口数が少ないオレに気づいた瑛士さんがオレを見つめる。 「怖い? やめとく?」  瑛士さんはそう聞いてくれるけど、もう、逃げれるタイミングではない気がする。 「……いえ。頑張ります」 「頑張る……」  苦笑してる瑛士さんの横に係りの人が立って、否応なく、ガシャンと安全バーが降ろされた。 「凛太、大丈夫、オレ居るし。落ちたりはしないから」  ねっ、と笑う瑛士さんに、こんな時でも少しホッとして、自由に動かなくなった首で、こくこくと頷いて見せる。開始のアナウンスが流れて、コースターがカタカタと音を立てながら、空へと登っていく。  い、一番前って……めちゃくちゃよく見える。  ふと目に入ったのは、広い空と青い海。綺麗。  思った瞬間、ふわりと体が一瞬浮いて、一気に下に駆け落ちる。 「うわ……っ……!!!!」  一瞬叫んで、その後はぎゅっと目を閉じていると。 「凛太、今、目、開けて!」  瑛士さんの声に、反射的に目を開けた瞬間。  コースターが海の上を走っていて、まるで、海の上を飛んでるみたいな感覚。 「わぁ……」  めちゃくちゃ綺麗……!  一瞬笑顔になった、と思うけど、その後はまた、「わー……!!!」と叫びながら、目をつむってしまった。  コースターが終わって、めちゃくちゃぐったりしながら、なんとか降りる。  足元がふらついたオレを、上手に支えてくれた瑛士さんに連れられて、階段を下りて、すぐそばにあったベンチに腰かけた。 「大丈夫?」 「はい……なんとか」 「凛太、見れた? 海の上に居る時」 「あ、見れました……! あれ、すごく綺麗でした」  それだけが救いだった、と思いながら、思い出して笑顔になると、瑛士さんはクスクス笑った。 「怯えてるの、可愛かったな」  よしよし、と撫でられて、瑛士さんを見上げる。 「怯えてません。ちょっとすごかった、だけです」  つい、むむ、と膨らんでしまうと、瑛士さんは楽しそうに笑う。 「飲み物買ってきてあげる。何がいい?」 「……オレンジジュース……」 「ん。分かった」  少し離れた自販機から戻ってきた瑛士さんに、オレンジジュースを渡される。コーヒーを手に、瑛士さんは腰かけた。 「ありがとうございます……」  オレンジジュースの甘味が、なんだか生き返るような。体に染みわたってくみたいで、ほっとしてると。  「次、なに乗る? 絶叫じゃないの、乗りに行こ?」 「あ、はい」 「夜、花火見るなら、まだ時間あるからさ。色々乗ってから、海辺で夕焼け、見ようよ。それからご飯食べて、花火見て、チョーカーね」 「わぁ、もりだくさんですね……」 「お互い、毎日あわただしいしさ。今日くらい、めいっぱい遊ぼう?」  本当に楽しそうに笑う、瑛士さん。  ていうか、オレより、楽しんでそうな気がするけど、と笑ってしまいそうになる。

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