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93.緩んでいるのかも。

 ぼー、と海を見ながら、思いつくままに話してみる。普段、あまり人に話さないことも、なんとなく瑛士さんなら、聞いてくれるような気がした、から。 「オレね、瑛士さん。水族館も観覧車も……幸せの象徴みたいなものなんです」 「――そうなんだ」 「はい。母さん、オレが小さい頃はまだ元気で……って言っても、オレが気づいてなかっただけなのかもしれないけど……とりあえず、こういうとこにたまに連れてきてくれるくらいは、元気で―――オレ、ほんとに、好きで」  景色を遠く眺めながら、ぼんやりと昔を思い出す。 「二人で乗ってて……なんとなく、一人ずつ座るものっていう認識は、もうあったんですけど、オレ、絶対母さんの隣に座って……楽しいねって、ずっと言ってた気がします」 「――うん。凛太、お母さん、大好きだったんだね」 「……そう、ですね」 「オレも。好きだったから、分かる。寂しいよね」 「――――……そう、ですね……」  ……あれ。  …………なんか。喉の奥、痛い。  こんなに、綺麗な、景色を見てるのに。  母さん、死んじゃったのも、もう結構前なのに。  意味分かんない。――――こんな、楽しいとこで、綺麗な景色見て、なんでこんな……瑛士さん、びっくりしちゃうだろうし。  急に浮かんだ切なさに困り切った時。ふと瑛士さんが動いた気がして、でも見上げられずに固まっていると、「ちょっと詰めて」と言われて、隣に、瑛士さんが座った。  え、と思わず瑛士さんを見た瞬間、たまっていた涙が零れ落ちて。  瑛士さんはちょっとびっくりした顔をしてから、ふわ、と優しく笑って――出してくれたハンカチで、オレの頬と目元に触れた。 「我慢、しなくていいのに」  涙を拭いてくれてから、オレを引き寄せて、ぎゅ、と抱き締めてくれる。 「頑張ってきたよね。凛太」 「――――……べ……つに。普通に生きてきた、だけで……」 「頑張ってきたよ。いつも頑張ってるし」  ぽんぽん、と後頭部を撫でられて、なんだか胸がきゅう、と締め付けられる。……別に。他人より頑張ってきたとか、そんな感じじゃない。  自分でも割とドライな方だって思ってたし。……母さんが亡くなって、しばらく経って、もう思い出して泣くことだって無くなってきてた。「医者になる」っていう目標のために動いて、ただ毎日を過ごしてきた。  医者になるっていうのは、確かに努力はいるかもしれないけど、そんなの皆が頑張ってることだし。Ωにしては、体の不調もほとんど無くて、快適に過ごせてる方だと思うし。  父とうまくはやれないのだって、そんな話、世にいくらでもあるだろうし。  ただ、毎日を、普通に過ごしてきただけだって。自分で思うのに。頑張ってきた、なんて言われて、どうしてこんなに……心の中、じんわり、するんだろう。戸惑っていると、瑛士さんが、少し息をついた。 「……あー……オレ、なんだか、心臓が痛いかも……」 「…………え? 心臓ですか?」 「うん……」 「え……大丈夫、ですか?」  瑛士さんの突然の申告に、何秒か固まった後、ぱ、と瑛士さんを見上げると、瑛士さんはオレを見つめ返した後、クッと笑い出した。涙は、引っ込んでいた。 「……ああ、ちがう。大丈夫、病気じゃないから。凛太が泣くと……ちょっと胸が痛くなるってこと」  そう言うと、クックッと笑い続けながら、オレの頭を引き寄せて、ぽんぽん、と撫でてくる。  胸が、痛い、か。最近オレも良くあるような……。胃なのか心臓なのか、なんか全然よく分かんないけど、とにかく体の奥の方。なんだか瑛士さんと居ると。オレの、常にほぼ一定だった情緒が、妙に乱れるような。こんな感じで泣くとか、ほんと、意味分かんない。  瑛士さんに、心配かけちゃったのかな……申し訳ないな。  そこまでちゃんと言語化して考えてはなかったけど、なんとなく――オレは、もう一人だから甘えないようにちゃんとしなきゃ、って思ってた気がする。なのに……なんか、瑛士さんが優しすぎるせいか、一緒に居ると安心して、きっとオレ、なんか色々緩んじゃってるのかもしれない。  ……ちょっと、気合入れ直して。しっかりしないと。  そう思うのに。  涙はもう引いているのだけれど、瑛士さんがぽんぽんと撫で続けてくれてるのがどうしても――なんだか嬉しくて。  自分から、瑛士さんの腕から離れることもできないって。  うーん……。  ほんとに、しっかり、しないと。  そんなことを考えながら、瑛士さん越しにまた海が目に入る。太陽が光る海が綺麗なのは当たり前のことな気がするんだけれど。なんだかとても眩しく感じるのは、きっと、瑛士さんが居るからかも。そんな風に、思った。    

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