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92.ぽかぽか

「なんか、少しムッとしてる?」 「――――」  ……言えないと思ってたのに、バレてる……。 「凛太?」   クスクス笑いながら面白そうに名を呼んで、瑛士さんがオレを覗き込んでくる。こういう時の瑛士さんは……うん。なんかすごく楽しそう。  ちょっと顔を逸らしてから、オレは、小さくため息。 「瑛士さんみたいな人は、手放しでほめちゃだめだと、ほんと思います……。立ってるだけでも好かれそうですし。モテちゃいますよ、必要以上に」  そう言ったオレに、少し考えるそぶりをしながら、ふーん、と楽しそうな瑛士さん。 「――オレ、こんな風に手放しでは褒めないよ。可愛いとかも、本当に凛太にしか言ってないって言ったでしょ」  じゃあ何でオレには言うんだろ。それが言葉に出る前に、そっか、と止まる。  そういう対象にはならないって思ってるから言うのかって――前、同じこと考えたっけ、と思っているオレに、瑛士さんはふんわりと微笑む。 「凛太に言ってるのは、凛太に好かれるのは何も問題ないからだし」 「……それって、オレ、何て答えれば正解ですか……?」  嬉しい気がしてしまうけど、喜んでいいのか。もう全然、どう対応していいのか分からないので、直で聞いてみた。すると、瑛士さん、ふ、と笑い出したと思ったら、ぽんぽん、とまた頭を撫でてきた。 「前も言った気がするけど……オレ、最初は、ちゃんと細かく契約を決めて、お互いに必要以上には踏み込まないってことにしようと思ってたのにさ。もう今、全然違うことしてるよね。自分でも最初は少し不思議だったけど。でも、オレ、これでいいと思ってるんだよね」  そんな風に言う瑛士さんの言葉は、柔らかくて、優しくて。  だから、特に何も、言い返そうとは思わない。 「凛太も、嫌じゃないでしょ? オレと居るの」 「――はい」  この聞き方も。自信ある人でないと、聞けないと思う。  ――瑛士さんと居るのが、嫌な訳ないし。一緒に居る時のオレの態度を見て、嫌そうなんて絶対思わないだろうから聞いてるのだろうとも思うけど。でも、オレは瑛士さんに「オレと居るの嫌じゃないでしょ?」なんて聞けないもんなぁ……。  でもそれも、自意識過剰とか、そんなんじゃなくて。過去生きてきた中で瑛士さんと居たくない人なんていなかったんだろうなぁ、なんて思ってしまうけど。嫌われることとかあるかな。嫉妬される、とかならあるかもしれないけど、でも色々、上すぎて、嫉妬する対象にすらならないような気もするし。  と、その時。震動音が響いて、瑛士さんがスマホを取り出した。番号を見て少し不思議そうにしながらも「ちょっと待っててね」とオレに言ってから、電話に出た。少し聞いて、「あぁ」と笑顔になった。 「連絡ありがとうございます。……はい。じゃあ今日取りに行きます。何時までですか? ――はい。分かりました」  なんだか、嬉しそうな声。  外、海がキラキラしていて、すごく綺麗な景色を見ながら、瑛士さんの声をなんとなく聞いてる。今日何かを取りに行くのか。じゃあ早く帰る感じかな?  瑛士さんが電話を終えたので視線を向けたら、すごく嬉しそうな顔でオレを見つめ返してくる。 「凛太、帰りに寄りたいところがあるんだけどいい?」 「はい。早く帰った方がいいですか?」 「いや。ここが閉まってからでも間に合うから。一緒に、ついてきて――凛太にあげるものだから」 「え? オレですか?」  意外なセリフに聞き返すと、瑛士さんはニコニコ笑って頷いた。 「チョーカーがね。特注してたの、出来上がったって」 「――あ、チョーカーですか」 「うん。やっと」  オレのチョーカーで、あんなに嬉しそうな顔、してくれてたんだ。なんだか心の中、ほっこりする。  ありがとうございます、と頷くオレに、うん、と頷いてから、んー、と考える瑛士さん。 「――凛太のフェロモンが漏れにくいとは言っても、竜くんには分かるんだし、やっぱり心配だからさ、早くプレゼントしたかったんだよね。つけた方がいいよ、Ωのチョーカーは」 「はい」  ……まあ、フェロモン、感じ取れる人が居ないって言われてたからなぁ。とも思うのだけれど、心配そうな顔をしてる瑛士さんには、何も言い返す言葉も浮かばない。 「――――でも、あれだよね……」  ふと口調の変わったことを不思議に思うと、オレをまっすぐ見つめて、瑛士さんはちょっと面白くなそう。 「凛太のフェロモン。オレが感じないっていうのは、なんか……面白くない」 「……え?」 「だって、相性がいいからって分かるなら、オレも分かりたいじゃん?」 「――――はあ……」  …………???  「面白くない」の?? 「……なんだか、そこはちょっとなぁ……」  んー……と眉を寄せて、ちょっと口をとがらせてる感じ。  ……よく分かんないけど。  ――なんか、可愛い。  ぷ、と笑ってしまったオレに、瑛士さんが、あっ、と驚いたみたいな顔をして、「何笑ってんの、凛太」とちょっと照れた感じ。 「え、だって……なんか、瑛士さんが可愛くて」 「可愛くないから」  クスクス笑うの止められず、ツッコまれても笑っていると。ふ、と微笑んで息をついた瑛士さん。  ふと、瑛士さんの腕が伸びてきて、オレの頬に触れた。 「ヒートが来たら、分かるかな」  じっと見つめられて、そんな風に言われる。もう笑える雰囲気、ではなかった。 「で、も、ヒートの時に分かったら……まずい、ですよね?」 「んー……いや。別にオレ的には、まずくないけど……」  考えながらそう言った瑛士さんは、オレの頬を親指で撫でてから、そっと手を離した。 「竜くんだけが分かるとか……んー。なんだかな……」 「――――……」  瑛士さんの言葉。  ……なんか、返事に困る。  ちょっとおもしろくなさそうに、外の景色に目を向ける瑛士さん。  その視線を追って、オレも、海を見る。  やたらキラキラして見えて。 「――ほんと、綺麗ですね」  そう言ったら。瑛士さんも、景色を見たままで。 「うん」  おだやかな、優しい声。  なんか、心の中。ぽかぽかする。

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