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102.人生で楽しかった日
おみやげの店がたくさん入ってる建物に着いて、一緒に見て回る。
「凛太、ほしいものあったら、なんでも言って」
「なんでも……あ。会社とかのおみやげは選ばなくていいんですか?」
聞いたオレに、瑛士さんは、ふ、と微笑む。
「そっちは適当にお菓子でも買うよ。今日、休ませてもらったし」
はい、と頷くと、ぽんぽん、と大きな手がオレの頭を撫でる。
「それより、凛太がほしいもの、探してね」
優しい言い方に頷いて、周りに視線を向ける。可愛いものがたくさん目に映る。欲しいものかぁ。こういうとこが久しぶりなのもあるけど。何かなあ、オレが、欲しいもの。
というより、瑛士さんに、オレがあげたいんだけど。
連れてきてくれたことも。楽しませてくれたことも。今日一日、ほんとうに、楽しくて。オレの人生で楽しかった日を挙げてって言われたら、絶対今日は入ると思う。
オレは別に人が嫌いな訳じゃない。世をはかなんでる訳でもない。
ただ、何でだろうってことが結構あって、考えることが多かった。Ωという性を持ってしまったこともその一因だったとは思う。自分は軽かったけれど、不安定なヒートや体調不良で悩んでる人達がいることも、嫌な目に遭う人もいるってことも、SNSでたくさん知っているし、不平等な感じは否めない。
そんな世の中の感じは好きじゃなくてそれをどうにかしたいし、そのために、すべきだと思うことは、結構子供のころから決まっていて――それ以外のことに関してかける時間も、興味も無かっただけ。
別にそれだからと言って、すごくつらかったとか、我慢してきたとか、そんなことは無い。勉強は好きだったし、夢に向かってる自分も肯定してる。
でも、今日は、なんとなく――。
こんな一日も、楽しいんだな、と思えた。
キスも、したいと思える日が来るなんて、そして。自分から、本当にしてしまう、なんて、ほんとびっくりだけど。
気分は、悪くない。
「凛太、これは?」
可愛いクラゲのぬいぐるみを見せてくる瑛士さんに、ふふ、と笑ってしまう。
「可愛いですけど……ぬいぐるみはちょっと……あんまりかまってあげられなそうなので」
「かまってあげられない……生きてはないよ?」
瑛士さんがクスクス笑いながら、ぬいぐるみを揺らしてくる。
「そうですけど。なんか、ずっと抱っこしてくれる子のところに行ってほしいかなーと思って」
「……なるほど」
瑛士さんは少し黙った後、そう言って頷くと、ぬいぐるみを棚に戻した。
「凛太も忙しいから、確かに一人にさせちゃうか」
「ひとり、ではないですけど。ふふ」
「そうだね」
見つめ合って、ふと、笑い合う。
「ぬいぐるみがやっぱり多いかなぁ……何かないかな、凛太にぴったりなおみやげ」
「……あの、瑛士さん。オレも、瑛士さんに、おみやげ買ってもいいですか?」
「何で聞くの?」
「……え?」
何で聞くのって? 何で。ってどういう質問?
分からなくて顔を見上げると、瑛士さんはちょっと困ったように微笑した。
「オレが、ダメって言うわけないでしょ。嬉しいに決まってるし」
「あ、そういう意味……そっか……なんか、すみません」
「謝らなくていいけど……凛太、たまに聞かなくてもいいよっていうこと、聞くような気がするなぁ」
――確かに、オレ、そういうの聞いちゃってるかもしれない。瑛士さんだけじゃないかも。今までも、他の人にも聞いてるかも。
なんだろうな……。
オレなんかが余計なことしない方がいいかなとか思うのかもしれない。全部が受け入れられるとは思っていない、ということかな。
多分オレの中に、潜在的に、一人で生きてくっていう、そういう気持ちがあるのかもって、ふと考えてしまう。必要以上に絡んだり頼ったりはしないように、押し付けないようにっていう、そんな感じかもしれない。
めんどくさいな、オレ。そう感じて少し黙っていると、瑛士さんの手が、オレの頭に、ぽん、と乗った。
「あのさ、凛太。オレは凛太が言うことを、頭ごなしにダメなんて絶対言わないし。聞かれて、思うことを話す時はあるかもしれないけど、それは凛太と話して決めるし――あとさ、おみやげ買ってもいいか、なんて、そんな質問はしなくていいよ。無条件に嬉しいと思うことだし」
まっすぐに、オレの瞳を見ながら、瑛士さんは、そう言った。
瑛士さんの言葉は、何だかすうっと、オレの中に、入ってくる。
「たとえばさっきのなら―――オレも瑛士さんにおみやげ買いたいです、て言ってくれたら、嬉しい」
――なんだろうなぁ、この、瑛士さんに対する、あったかい、気持ちとか。安心感って。
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