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101.人の縁
「電話、竜くん?」
「あ、はい」
返事をした瞬間、そっと頬に優しく触れる瑛士さんを、ただ見つめる。
「――何で真っ赤だったの?」
そう聞かれて、一瞬呆けて、すぐにさっきの話を思い出した。
……恋の病って、言われたからだ。
「あの……よく分かんない恥ずかしいこと、言われただけです」
そう答えるしかない。瑛士さんに対しての恋の病、とか。なんかそれを言うのも変だろうと思ったから。すると、瑛士さんは、ふうん、と柔らかく頷いて、オレの頬から手を離した。
――こんな風に、優しく頬に触れてくる人、オレの世界には瑛士さんしか、居ない。ていうか、オレが知らないだけ? 実は皆、そうなのかな。……もしそうなら、オレにはついていけない世界だな。
瑛士さんにされるのは、全然いいけど、自分が誰かの頬に触れる図なんて、全然思い浮かばない。
なんだかゆっくりと座って花火を待ってるけど、心の中は、忙しい。
しばらくして始まった花火は、とても綺麗だった。
花火が空に上がる音が聞こえて、空を見上げた瞬間、大きな花火が、目の前にいっぱいに広がった。水族館の花火だから、もしかしたら花火大会のとかよりはちっちゃいのかな、なんて、思っていたけど、むしろ近いからか、すごく大きく見える気がする。
ふと、花火を見上げてる瑛士さんが目に入る。綺麗な光で、瑛士さんが照らされてるのを、ふ、と見つめてしまうと、オレの視線に気づいた瑛士さんが、「ん?」とにっこり笑ってくれる。
ズキ、と胸がまた痛い。うう、この症状……。
―――花火を見てる瑛士さんと、目が合った時、だな。竜に報告? ……なんかこれ言ったら、またさっきの言われちゃうのではないだろうか。
「――綺麗ですね」
そう言いながら花火に視線を戻すと、瑛士さんもまた空を見上げて、そうだね、と柔らかい声で返してくれた。
ほんの十分くらいの、短い花火だった。
でも、なんだか――今まで見た中で、一番綺麗に思えた。
最後に連続して上がった花火の、キラキラした光が消えて、白い煙が風に流れていく。大きな音が消えて、急に、しん、と静かになった。
終わっちゃった。
まだ煙の残る空を見上げたまま、余韻に浸っていると、ふ、と瑛士さんがオレを見つめた。
「んー……終わっちゃったね。綺麗だった」
しみじみ言う瑛士さんのセリフ。おなじこと、思ってて、何だか嬉しい。
「はい。……なんかオレ、今まで見た中で、一番綺麗だった気がします」
「……奇遇だね」
「奇遇?」
「――オレも、そう思ってたから」
ふふ、と瑛士さんは微笑む。
――ほんとに。嬉しい返事を、言ってくれる、人だなぁと、なんだか感心してしまう。
なんとなく二人ともすぐには立ち上がらず、周りの人達が移動していくのを感じながら、ただぼんやり。だんだん周りが静かになっていく。
「凛太、今日は、楽しかった?」
ふ、と綺麗な笑みを浮かべて、瑛士さんが聞いてくる。
「もちろん。楽しかったですし、もう、大満足って感じです」
「よかった――オレも、すっごいイイ息抜きになった」
「それは、ほんとに良かったです」
「また息抜き、付き合って?」
そう言われて、ふと思ったのは、オレでいいのかな? てこととか、瑛士さんと息抜きしたい人は、他にもたくさんいそうだけどなぁ、てことだった。でも、何だかキラキラした笑顔で、オレをまっすぐ見てくれている瑛士さんに、その言葉は出なかった。
「もちろん。ていうか、オレも、ほんとにすごく楽しかっです」
笑顔で言ったオレに、ふんわり笑って頷くと、瑛士さんは立ち上がった。
「――凛太、手、つないでもいい?」
「え。……あ、はい」
差し出された手は、オレよりだいぶ大きい。指が長くて、綺麗に切りそろえられた爪も綺麗。立ち上がりながら少し遠慮がちに触れた手を、きゅ、と握られる。
手を繋いだまま、並んで歩き出したのだけれど、不意に瑛士さんは、少し苦笑しながらオレを見た。
「――手、誰とでも繋いだりしないからね」
「……え??」
「そういうこと思ってそうだから。先に言っといた」
悪戯っぽく笑って、瑛士さんは言うけど、今のオレは正直、何も考えられていなかった。
瑛士さんの手、サラサラしてて気持ちいい。あったかくて優しくて、ほんとに好き。そんな風に、ぼんやり感じていただけだ。
「ねえ、凛太――竜くんと、手、つないだことある?」
「……ん? は?? 竜、ですか?」
「うん。竜くん」
頷く瑛士さんに、あは、と笑ってしまう。
「そんなことある訳ないです。つながないですよ。ていうか、オレ、手を繋ぐの、行事でしかないかも……」
「行事……?」
「フォークダンス、とか……遠足で手を繋がされた、とか」
そう言うと、瑛士さん、ぷは、と吹き出した。笑わないでくださいよ、とちょっと恥ずかしさに眉を顰めると、ごめんごめん、とまだ笑ってる。
「瑛士さんが変なこと聞くから……」
「ごめんって」
「何でオレが竜と手、繋ぐんですか?」
「ごめん、ちょっと想像しちゃって」
「何でそんな想像……?」
首を傾げてると、瑛士さんは、ははっと笑った。
「凛太、おみやげ買っていこ? 記念になんでも好きなもの、買ってあげる」
「えっいいんですか?」
「いいよー、さっき居た、すっげーでかいぬいぐるみとかでもいいよ?」
「それはちょっと……あの部屋に合わないんじゃ」
「そんなの気にしなくていいよ。欲しいなら、何でもいいよ」
ほんとに楽しそうに、瑛士さんが笑う。瑛士さんの息抜きになったなら。それは、すごく、良かった。
なんだかこっちまで嬉しくなって、はい、と返す。
瑛士さんの、笑った顔。ほんとに好きかも。……好きすぎる気もする。
「……なんか、改めて今日思ったんですけどね」
「何を?」
「瑛士さんとは、まだ知り合ったばかりで……少し前までは、知らない人だったんですよね」
「まあ、そうだね」
クスッと笑って、瑛士さんがオレの顔を少し覗き込むような動作を見せる。
「何が言いたいの?」
「――何が言いたいってことはないんですけど……なんか、ここにこうしているのも、不思議で」
ふふ、と笑ってしまうと、瑛士さんも優しくふんわりと微笑んだ。
「分かるけど――でも人の縁って、そういうものなんだろうね。オレもすごく、実感してる。一緒に居る時間とか、関係ないんだね。ほんと不思議。そういえばオレ、出会って話して割とすぐで、凛太のこと、なんか信じてたし」
――それは、オレも。
出会ってすぐで――なんか、信じてた。
やっぱり、不思議だなぁ、人の縁って。特に、オレみたいな奴からすると、こういう縁って、稀だと思う。
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