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100.恋なんてそんなバカな

 カフェでサンドイッチとコーヒーで軽く済ませて、花火が見やすいという広場のベンチでスタンバイ。  ――なんだかさっきから、足元からぽわんぽわんと弾んでるみたいな気分。  今まで、こんなの、なったことないかも……。  キスって。すごいなぁ……。  ふんわりした気持ちでいる自分と。  突然はっと気づいて、偽物の婚約者だし、契約上の結婚相手なのに、何をしてるんだろう、とか考え出す自分も、現れる。  それから、さっきのセリフも、何度も頭に浮かんでくる。 「会ったばかりだから、オレが凛太に、愛してるよって言っても、嘘っぽいと思われるだろうから」  ……って、何??  普通に言葉として受け取ってしまうと、「愛してるけど、会ったばかりで嘘っぽく聞こえそうだから言わない」……になる。気がする。……言葉としては。  でも、そんな訳あるはずもないし。  ――瑛士さんの好意を示してくれる言葉の程度が、多分、オレのそれとはだいぶ違うのかもしれない。  慣れてないから、いちいちおおげさに受けとっちゃうんだけど……  世の中の大人の人って、皆、こんな感じのやり取りを日々してるんだろうか。……オレにはちょっとまだ早すぎるというか、数年後でも無理な気がする。  真面目に受け取りすぎても変だし、笑って済ませるような顔で言ってない気もしてしまうし、でもなんだか、じゃあなんなの……? 戸惑いまくりだ。 「ごめん、ちょっと花火の前にトイレ行ってくる。凛太は?」 「あ、オレは待ってます」  ん、と綺麗に笑って、瑛士さんは、歩いていった。  オレは、ふと、思いついて、スマホで、竜に発信。 『もしもし』 「あ、竜? あのね、あのさ」 『んぁ? ちょっと、落ち着け』  怪訝そうな声がする。一声で、動揺がバレてる。 「……あの……」 『ん』 「――き、すって」 『は?』 「キスって……付き合ってなかったら、しない、よね?」 『…………』 「…………? あれ? 竜??」 『……なんだって?』  低い声がする。 「だから、キス、てさ。付き合ってなかったら、しちゃだめ、だよね?」 『――キスもセックスも、付き合ってなくてもしてる奴らはいるし、それで相性良ければ付き合うって奴らも居るし。お前が言うように、付き合ってないとしないってやつらも居る』 「……そ、そう……」 『――なんで?』 「なんか竜、怒ってる?」 『怒ってない。でも予想はついてるから、なにしてんだ、とは思ってる』 「――予想って?」 『瑛士さんにキスでもされた?』 「おー……すご……」 『…………』 「あ、でも違う。オレから、した」  そこに、長い長い沈黙が流れた。通じてない? と思った瞬間、『は?』と低い声が響いた。 「……あのね、なんかついついしちゃって……軽犯罪かなって心配してたら、瑛士さんは大丈夫って言ってくれたんだけど……大丈夫かな?」 『――――……』  安心したくて聞いたのだけど、しばらく返事がない。不安になったその時、なんだか変に息を吸い込む音がしたと思ったら、変な声がする。 「竜……?」  ……どうやら笑っているみたい。声を押し殺してはいるみたいだけど。少しして、竜が「すみません」と誰かに話しかけてる声がして、少しして電話の向こう側が騒がしくなった。 『……お前、ふざけんなよ。オレ、今、静かな喫茶店に居たんだからな』 「あ。ごめん。大丈夫?」 『今店の人に声かけて出てきたから、大丈夫。……つか、何なの。お前からキスしたの?」 「うん……つい」 『――ふうん。急に何で?』  なんだか面白そうな声色で。聞いてくる。 「……したくなった、としか……」  しばらく、無言の竜。待っていると。 『……いいんじゃねえの? 瑛士さんにとって、キスくらい、なんでもねーことだろうし。お前がそういう欲が沸いたのは、それはそれで、凄いことなんじゃねえ?』 「……でも。……何でオレ、そんなことしちゃったのか……それに、その後、瑛士さんからも、キス、されて……」 『へえ……?』 「何か今、頭のなか、すごく、おかしくてさ。心臓っていうか、胃の辺りが、またすごく痛いし」 『心臓と胃? 何で』 「分かんない。なんかたまに、最近、息ができなくなるくらい、痛い時があって……」 『――それって、どういう時?』 「どういうって……」 「お前医者の卵だろ。どういう時にどう痛いのか、ちゃんと分析して分かるように話せ」  そう言われて、確かに、と思って整理しようと試みるけど。  いざ自分のこととなると、いつどうだったかとか、なかなか正確には覚えてないものだなぁと思う。  患者さんたちの訴えが曖昧な時があるのも、実感として分かる気がした。 「とにかく、なんか最近多くて……いつって言えないような……ぎゅうって内臓掴まれるみたいに痛くなるし、苦しいっていうか……やっぱり病気かな? なんの病気だろう、これ」 「なあ、凛太。お前さ、切ないとか、そういう感情、分かる?」 「……何それ急に。バカにしないでよ、分かるし」 「それを自分の感情として、感じたことはあるかって聞いてんだよ」 「……えー。分かんないよ。どういうこと?」 「……お前が胸が痛いのって、瑛士さんがいる時か、それか瑛士さんのこと考えてる時か……それ以外って、あるのか?」 「え……え? ……どうだろ……まあ、最近、瑛士さんといることが多いから、一緒の時が多いかな……」 「じゃあ分かった。これからそうなった時、忘れないようにどんな時だったか書き留めておいて、オレに話せ。分かった?」 「……うん」 「――あと、お前が瑛士さんにキスして軽犯罪に問われることは、絶対無いから、安心しろ」 「あ、うん……ありがと」  お礼を言うと、竜がまた少し黙ってから続ける。 「お前……そのトーンで、医者に行ったら、恥かくから行くなよ?」 「恥?」 「恋の病、とか言われたくないだろ、診察で。オレなら恥ずかしくて死ぬわ」 「恋の……えっ、何言って……」  呆けた次の瞬間、カァっと顔に血が上った。 「へ、変なこと言わないでよ」  オレがそう言った瞬間、隣に戻ってきた瑛士さんは、電話してるのに気づいたのか、小さな声で一言、ただいま、とだけ言った。多分真っ赤でいるオレと目が合うと、少し不思議そう。――ますます顔が熱くなる。 「りゅ、りゅう、とにかく……また掛け直す。ごめんね、ありがとう」 『おー。まぁ……頑張れ』  何かを察知してるのか特に聞かずにそのまま電話を切った竜。  それはありがたいけど。  恋とか。そんなんじゃないし。そんなバカな。  オレは、すっごく、痛くて苦しいって言ってるんだし。もう。  むむむ、と、口を閉じたまま、スマホをしまう。 ◇ ◇ ◇ ◇ 100エピソード😊 ここまでありがとうございます。 まだ続きますので、2人を見守ってやってください~🥰🥰

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