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118.接触

「すみません、もう大丈夫です」  けほ、と最後に息を整えつつ言うと、楠さんが手を引いて、有村さんもちょっとほっとした顔をしてくれる。瑛士さんは、なんだか面白そうな顔で、オレ達を見ていた。  やっぱりとっても気になるので、オレは有村さんに聞いてみることにした。   「あの、有村さんも分かるんですか、匂いって……」 「え? あ、いや――違う。っと、悪いな」  有村さんは少し開いたオレの首元をもとに戻してから、オレの向かいに座り直すと、隣の瑛士さんに視線を向けた。 「言いたいことたくさんありすぎるが―― もって、何?」 「え?」  眉を顰めたままの有村さんのセリフに、瑛士さんが首を傾げている。 「今、凛太くん、有村さんも分かるんですかって言ったろ。も、って?」 「ああ……鋭いなあ、拓真は、ほんとに」  クスクス笑いながら、瑛士さんがスプーンを置いた。 「――凛太のヒート時のフェロモンの匂い。オレは分かったから。さっき、それを少し凛太に言ったんだ。だから、凛太は、拓真も分かるのかって言ったんだと思うけど……あってる?」  オレを見つめて言う瑛士さんに、オレは、うんうん頷いた。   目の前で、有村さんが大きなため息をついた。 「――超危険人物、絶対お前だろうが」 「……まあ。今のところは、ちょっと楽にしてあげた、くらいだけど」 「ちょっと……?」  瑛士さんの言葉に、それってもしかしてそういう意味の報告してるところ……?! と、真っ赤になったオレに、隣の楠さんが気づいて、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。 「ちょっとなのか、ほんとに」  有村さんがかなり低い声で言いながら、瑛士さんをちょっと睨んでる、ような気がする。 「んー……まぁ。ちょっと……?」 「あんなに跡、つけといて?」 「……死ぬほど可愛くてつい……」  ふんわり笑う瑛士さん。  あとって、あとって、さっきのお風呂で死にそうになったあの……。  ふ、ふたりはそりゃ、そういうことにも、そういう話しするのにも、慣れてそうな気はするけど……っ!  オレは、オレが瑛士さんにそういうことされたっていうのを、二人に知られるのすら、ものすごく恥ずかしいみたいで。  これってこんなに恥ずかしいのかと思いながら、真っ赤になって俯いていると、楠さんが見かねたように。 「凛太くん、真っ赤だし。デリカシーない会話は、向こうでしてきて」  そう言ってくれた。すると、二人は顔を見合わせて、それから同時に立ち上がった。 「ごめん、京也さん、いまだけフォローしといて」  楠さんに向けて、ぱち、と綺麗にウインクして、それからオレに向かって、「あとで話すね、ごめんね」と瑛士さんが微笑む。何を話すのかもよく分からないまま、オレはうんうんと、頷いて見せた。  二人が隣の部屋に消えると、楠さんが、はーと苦笑しつつのため息を漏らした。 「二人、そういうところ、ちょっとあけっぴろげすぎるから。ごめんね、よごれちゃった大人だと思って、許してあげて」 「よごれてはないですけど」  冗談なのは分かる、悪戯っぽい言い方だったけど、一応否定だけはしておいて――オレは、楠さんを見つめた。 「あの……」 「ん?」 「……接触禁止とか言われてたのに、すみません」 「え、何で凛太くんが謝るの。大体にして、そういうことがあったなら、瑛士さんでしょ」 「――でも……オレのヒートのせいなので」  そう言うと、楠さんは、クスクス笑って、オレをじっと見つめた。 「昨日の夜、瑛士さんから電話があってね。ほんとは今日出勤するはずだったけど、行けないかもって言うから事情を聞いたら、凛太くんがヒートだって。でも、三日くらいこもれば平気だって凛太くんは言ってるとも言ってたし。凛太くんは、来ないでって言ったんだよね?」 「――はい。言いました。オレのフェロモン、αの人たちには気づかれないだろうって言われてはいるんですけど……でも、αの友達には分かるみたいだし、例外もあるかもだし……やっぱりオレ、ヒートなので……」 「凛太くんが来ないでって言ったのに、瑛士さんがこの家に居て、なんか楽にしてあげたとか言ってるってことは……瑛士さんが来たんでしょう?」  少し考えて、まあ……と、頷くと、楠さんは苦笑した。 「瑛士さんが、凛太くんを一人で放置するわけないかなとは思うけど……それより、少し気になるのがね」  最後の方、少し声の調子が変わる。  ん、とちょっと構えて待っていると。 「瑛士さんの側に居すぎて、ヒートがきちゃった、とかはない?」 「――」 「距離、近すぎるでしょう? 誘発されちゃったとか……」 「ぇ。そんなこと、あるんですか?」  そんな話は初めて聞いた。 「うーん……瑛士さん、トリプルSでしょ。フェロモンが強いから。普段は意識して出さないようにはしてるみたいだけど――弱いオメガなんて、瑛士さんのせいでヒート起こしたりするから、近づかせないようにしてるくらい。凛太くん、接触が多すぎると思うから」  接触。  ……接触、と言われて、浮かぶのは。  キス。してしまったことかな。  しかもオレから。  ……冷や汗みたいなのが、だらだら流れてきてる感じがする。    

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