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119.ここで起こること
「楠さん、あの……」
「どうかした? 凛太くん」
「あのですね……オレ」
「うん? 何か言いにくいこと?」
そう言われて、オレは頷いて、一度唇を噛んだ。楠さんは優しく微笑んだ。
「言いたくないことは言わなくてもいいよ?」
「でも、あの……」
「必要なことは瑛士さんが言うと思うから、いいよ」
くす、と微笑む楠さんは、優しい。
有村さんは、楠さんに比べるとぶっきらぼうだけど、でも心配してくれてるのが分かるし、まっすぐで優しい。瑛士さんも雅彦さんも、本当に優しい。
ここに居ると、αという性が好きになっていく気がする。
「でもあの、オレ、瑛士さんに」
キスしたくなって……そう言おうとした時、オレの言葉を遮るように楠さんが「凛太くん」と呼んだ。うつむいてたオレが顔を上げると、楠さんはとても柔らかく笑った。
「詳しいことは聞かなくても分かるから。二人が一緒に居る中で、瑛士さんが凛太くんを可愛がってるのも、凛太くんが瑛士さんを信頼してるのも分かるし――そのうえで、二人がしてることは、別にオレや拓真くんが何か言うことでもないんだよ。それでも言いたい話なら、もちろんちゃんと聞くよ。言いたい?」
「――」
オレは少し黙って考えて、それから、首を横に振った。
瑛士さんが言うなら良いけど、オレが勝手に言わなくてもいいのかも、と思ったから。
すると、楠さんが続けて話し始める。
「まあ、少し思うのは、契約で結ばれた関係なら、感情的なものは除いたほうがスムーズだと思うんだけど……なんかそれも違うように見えるしね」
楠さんは、クスッと笑って、オムライスに視線を移した。
「瑛士さん、料理は作れる人だけど、忙しいからずっと作ってなかったと思う。そんなでっかいオムライス、凛太くんの為に作ってるんでしょ。嬉々として」
口元を緩めて笑いながら、楠さんはオレを見つめた。
「昨日もすごく心配そうだったよ。来ないでって言われたけど、大丈夫かな、って。ヒートがどうなるかも、それが仕方ないってことも全部知ってるのに、めちゃくちゃ心配そうで。だから瑛士さんは仕事には来ないなって、思ってた。案の定来なくてさ。ほんと、笑っちゃうんだけど」
「すみません、オレのせいでお仕事」
「違うよ。凛太くんのせいじゃない。凛太くんは、一人で耐えようとしてたんでしょ。全部、瑛士さんが決めたことだから」
その時、瑛士さんと有村さんが部屋に戻ってきた。歩いてきながら、瑛士さんが楠さんに視線を向ける。
「オレが何? 京也さん」
「――ここで起こってることは全部、瑛士さんが決めてるってことを、凛太くんに言ってたとこです。瑛士さんが仕事に行けなかったのも、オレのせいですみません、とか言うので」
「ああ」
はは、と笑いながら、瑛士さんがオレの前に腰かける。隣に座った有村さんは、息をつきながら軽く腕を組んだ。
「そうだね。全部オレが決めてる。まあ……迷惑かけてごめんね、京也さんも拓真も」
「構いませんよ」
「まあ、少なくとも凛太くんは悪くないな」
楠さんと有村さんがそんな風に言うと、瑛士さんがちょっと不服そうな顔をした。
「何それ、オレは悪いみたいだな?」
「悪くないのか?」
「悪くないだろ?」
おかしそうに笑いながら言う瑛士さんに、有村さんも苦笑してる。
そのままオレに視線を向けた瑛士さんは、ふ、と目を細めた。
「凛太、もうやめとく? お腹いっぱいだよね」
「あ、はい。ごちそうさまでした。すっごくおいしかったです」
手を合わせると、瑛士さんが、ふふっと微笑む。
「冷蔵庫入れてきますね」
立ち上がると、瑛士さんも自分のお皿を手に取りながら立ち上がった。
「一緒に片付けよ」
「あ、はい」
頷きながら、瑛士さんと並ぶ。
「量、半分くらいで良かった?」
「あー……はい。そうかも。でもこんなおっきいの初めてみたので、嬉しかったです」
「ならよかった」
クスクス笑いながら、瑛士さんがカウンターに食器を置く。
「凛太、コーヒー飲む?」
「あ、はい。じゃあオレ、洗っちゃいますね」
冷蔵庫に残りのオムライスを入れてから、食器を洗う横で、瑛士さんがコーヒーを淹れてくれた。
おいしそうな色のカフェオレとともに、もう一度席に座ると、「さて」と瑛士さんが息をついた。
「大事な話を、しようかな」
揺るぎのないまっすぐな視線を、瑛士さんは二人に順番に、向けた。
空気が変わる。
いつもふわふわ優しい瑛士さんと、少し違う。オレは少し、背筋を伸ばした。
腕を組んでた有村さんもその腕を解いて、テーブルの上に置く。楠さんは、テーブルの横に置いていた手帳を開いて、ボールペンの芯を出す。
ゆっくりした口調で、瑛士さんが話しはじめた。
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