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120.契約について
瑛士さんが話したのは、今まで知り合ってから、オレと少しずつ話してた内容だった。
婚約パーティーではなく、会社の創立パーティーで、婚約を発表すること。瑛士さんの仕事が落ち着くまで結婚式はしないこともちゃんと伝える。
瑛士さんの方が、オレ一筋って感じで、この婚約に乗り気だって噂を出来うる限り、流すこと。これは瑛士さんに迫る人をけん制するため。あと、オレに対するいわれない憶測みたいなものを、出させないため。
それからオレとの契約の話もしてくれた。
契約期間は瑛士さんの仕事が落ち着くまで、大体三年くらいを目安とする。
その間、表向きには他の人と恋愛はしないこと。オレが誰かを好きになったら相手次第で対応を考えるから報告するってことも、言われた。
この契約の期間中に、瑛士さんがオレに渡したものは、全部オレのものになるということ。オレが生きるのにかかるお金は、学費食費生活費など全て瑛士さんが支払う。必要でないものでも、ほしいものは遠慮せずに言うこと。返却などは不要、遠慮も不要。それだけ、この契約は、瑛士さんを自由にしてくれる、てことだって。
契約が終わる時、瑛士さんからオレに、相応の報酬を渡す。
そこまで話し終えると、瑛士さんはオレを見つめた。
「契約書に明記するのはそんな感じでいい?」
「……恋愛しないっていうのは、表向き、って言葉を入れなくていいですよ? オレもこの三年は勉強で忙しいと思うので、恋愛するつもりはないですし。あと、かかる費用全部っていうのは……」
「費用は全部こっちでもつ。それはそうさせて――いいと思うよね?」
視線を向けられた有村さんと楠さんが、はっきり頷く。
「ここに暮らすのにかかる生活費を凛太くんが払うのはおかしいと思います。学費とか食費は、最初から瑛士さんが条件で言ってたし」
「あとはその相応の報酬っていうのがちょっと曖昧だけどな」
楠さんと有村さんがそれぞれ言うのを聞いて、瑛士さんはオレをまっすぐに見つめた。
「はっきり決めといた方がいい?」
「報酬はいらないです。卒業できるまで勉強に専念できるのが、すごくありがたいので、十分です」
「――ん、分かった。でも、一応その一文は入れとく。その時点で何かに必要なら、要求してくれていいから――じゃあ拓真、この内容で文書にして」
「分かった」
「京也さんは創立パーティーの担当者と連絡取って、準備お願いします。あと、凛太を最大限、可愛くしてくれる人もそろえてほしい」
「了解です。ふふ。楽しみですね」
「うん。すっごく楽しみ――腕の良い人、揃えてね」
「はい」
そんなやり取りを目にして、首を傾げていると、瑛士さんがクスッと笑った。
「ヘアメイクとか、ファッションとか――事前にエステも行ってね。とにかく体も整えて。凛太史上、一番可愛くしてもらおうね。ってまあ、今も可愛いけど」
「……おい」
また恥ずかしいことを言った瑛士さんに、有村さんが短くツッコんで、楠さんは、クスクス笑っている。この三人のやり取りというか、関係性は、なんとなく分かってきた気がする。
好きに話す瑛士さん。ツッコむのはもっぱら有村さん。楠さんは、有村さんがツッコむから、あんまり口は出さない。でも、なんかいろいろ考えて、動いてる。多分よっぽどの何かがあったら、きっと、はっきりツッコむんだろうな。怒ったら怖いのは、楠さんかもしれない。
ていうよりも。そっちより気になるのは、オレのエステとか。史上一番可愛くとか。最近瑛士さんが、オレを可愛いって連呼するから、不思議に思いながらも、聞き慣れてきてしまっているけれど、冷静になれば、可愛いわけないのは分かっている。
超普通の大学生だ。しかも、綺麗な子とか華奢で可愛い子が多いΩの中では、ものすごくβ寄りの普通のルックスなのも、ちゃんと分かってる。だから、バレずに今までこれて、ほんと良かったけれど。
だって瑛士さんがべた惚れで、オレ一筋みたいなのを触れ回るってことはだよ。オレをそういう目で、周りの人が見るってことでしょ。
――。
――――。
――――……いや、無理でしょ。無理だよ。
『瑛士さんがべた惚れの婚約者だって! どれどれ』って言いながらオレに向いた視線が、『は? あれ?』ってなって、その視線が瑛士さんに向かうのが目に見える。『正気か?』みたいな……。
あー、なんかまざまざと想像してしまった。
「その一筋、みたいな噂なんですけど」
「うん?」
「その相手がオレだと、ちょっと無理な気がするので……あの、もうちょっと、柔らかい感じで……」
オレが困り切って言うと、瑛士さんがちょっと肩を竦めた。
「何で? 絶対可愛くなるから。まあちょっと整える必要はあるから、その日まで頑張ろうね」
「……頑張ってどうにかなるなら……」
「なるなる。大体、凛太、可愛いんだから、ほら。歩き方とか立ち方……姿勢矯正かな。あとは髪型とか洋服とかアクセサリー。着飾るだけで大分変わるよ」
……んん。
さっきから、エステとか、歩き方立ち方姿勢矯正……?? パーティーに出る準備の中に、オレは絶対入れない言葉が入ってる気がする。
なんかドキドキしてきた。
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