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127.死ぬほど可愛い(後)

    「泣かなくていいよ。オレは、凛太が望んでくれる限り、ずっと一緒に居るから……と思うけど、泣いてもいいか。可愛いし。すっきりするかな」  最後の方は笑いながら、すっぽり腕の中に、抱き締められる。震える背中を大きな手が、擦ってくれている。   あったかい。  オレってば……こんなところで、泣くんだ。  ……泣けちゃうんだ。  泣いたり頼ったりするのは、弱いって思ってた気がする。いつでも一人で平気で、強くありたいって思ってきたのに。でも。 瑛士さんといると。オレ、勝手に泣けて来るんだな……。  オレが人前で泣くなんて。  ……というか、そもそも「泣く」なんて。  瑛士さんなら……受け止めてくれるって。  もしかしたらオレ、無意識に思ってるのかもしれない。  涙が頬を伝う感触に全然慣れなくて手で擦ろうとすると、瑛士さんの手が頬に触れた。優しく拭いながら、目を細めて――。 「オレの前でだけ泣くんだよ。可愛すぎるから、他の奴の前で泣かないで」 「――っ……」  なんだか胸の奥がぎゅうっと縮んで、喉が詰まる。  ――泣かないし。そもそも、今まで一人だって、泣いてないし。  息がうまく吸えなくて……でも抱きしめられている温度が、優しくて、あったかい。 「――」  ――瑛士さんとオレ、は。  身分というのが、まったく違うと思う。  トップランクのアルファと、オメガの一番下……というのかな。もうなんだか。とても微妙なオメガ。  超超大金持ちで、でっかい会社のCEOの瑛士さんと。  ……父のことを当てにしなければ、超貧乏な、医大生。  見た目とかいろいろ。こんなに正反対なこと、ある? と思うくらいの差で。  年も離れてるし。いろんなことの経験値みたいなの、多分まるで違う。  ……契約は、利害が一致したってだけ。  それはむしろ、違いすぎたからこそ、ちょうどよい感じだった。間違っても、好きになったりしない。ただ、お金つながりで、お互い、ほしい物が得られる。  瑛士さんは自由。オレは、父に頼らず、勉強に専念する時間。  しばらく抱き締められたまま、なんとか気持ちが収まってから、オレは瑛士さんを見上げた。 「……瑛士さん」 「うん?」 「オレ……勉強もしたいし。なりたいものもあるし。やりたいこともたくさんあるんです」 「うん。分かるよ」 「今すぐに答えは出せない……瑛士さんと生きることに、全部を賭ける気は……今は、ないです」 「うん。知ってる」 「――やっぱり、契約は三年で……」 「うん」  瑛士さんは、ただ頷いて、オレの言葉を待ってくれている。  身分とかいろんなもの、ぜんぶ、全然違うけど。  ……全然違うこと分かった上で、オレに、瑛士さんが、こんな風に言ってくれてるんだから。  オレも、瑛士さんが大事だから。 今ここで、断るのは。違う、気がする。  オレは、瑛士さんを見つめた。 「それで……そのあとのことは……これから、契約が切れるまでに……」 「ん」 「瑛士さんとオレが……どうなってるかで……決めても、いいですか?」 「――もちろん。いいよ」  ぎゅう、と抱き締められる。 「……オレも。……瑛士さんを、まっすぐ……見ます」  瑛士さんは、抱き締めたオレを至近距離から、覗き込んでくる。  こんなに近くで話すことって、ある? 息も触れちゃう。頬が、少し熱を持つ。 「オレが一緒に居て……瑛士さんの役に立ったり、楽しく、させたりできるなら」 「――――」 「一緒に居たいです」  瑛士さんは、ちょっと息を飲むようにして、驚いたようにオレを見つめた。それから、ふ、と微笑んだ。 「凛太ぁ……」  なんだか少し、甘えるような声で呼ばれて、むぎゅっ、と抱き締められる。 「思ってたよりも、ずっと――可愛い返事もらった」  ちゅ、とキスされる。  頬に、優しい、感触。 「無理ですとか、あくまで契約です、とか、言うのかも? とか思ってたけど……まっすぐ向かい合ってくれるんだね」 「……今、瑛士さんが言ってくれてるのは……信じたい、ので」  そっか、と頷いて、瑛士さんは笑う。 「凛太、役になんてたたなくてもいいんだけどね。いてくれたらそれで――とにかくオレは、凛太を可愛がるのは、ずっとだから。契約中だろうと、契約が切れようと。たとえ、契約が切れて、凛太がオレを選ばなくても。ずっと大事にするから。どんな協力も、するよ」  そんなに無条件で言われると、ちょっと困ってしまう気持ちは、あるのだけれど。  でも、そんな風に言ってくれる瑛士さんのことは。……大好き。 「あ――えっと……でも、あれですよ?」 「ん?」 「その間に、瑛士さん、好きな人が出来たり……オレも、もっといい人が出来たら。その時点で、契約だけの関係に、戻りましようね?」 「――――」 「そんな感じで、考えてます。多分、ここから……オレも瑛士さんも忙しいと思うので、お互い、そっち優先で。……でも」  オレは、瑛士さんをじっと、見つめた。  瑛士さんの頬に。背伸びして、ちょっとだけ、キスをする。 「……瑛士さんのことは……全面的に、信じてます」 「――――っ」  ぎゅうううう、と抱き締められる。 「えいじさ……苦し、です……」 「凛太が悪いと思う……」  むぎゅむぎゅと抱き締められる。  ――なんだかな……瑛士さんよりいい人なんて。居ないだろうなぁ、とちょっと困りながら。  でも、温かくて、また泣いちゃいそうだった。 「可愛いなあ、もう……オレ、永遠に可愛いって言ってると思う」 「――永遠には、ないと思うんですけど……」 「いや、言ってる……」 「おじいさんになったら……?」 「言ってる」  笑いながら、額にキスされた。

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