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126.死ぬほど可愛い(中)
瑛士さんはオレの髪の毛に触れながら、ふ、と微笑んで話し始めた。
「凛太のフェロモンが、分かるようになった理由は――分からない。でも、もしかしたら、凛太のメンタルが絡むのかもしれない。もし本当に凛太が進化なら、凛太が、信用したり、好意があったりした相手にしか、分からないのかも」
「……好意……」
「まだ分かんないよ? でもさ。本当に、機能に欠陥があって、フェロモンが出ないなら、オレや竜くんにも届くはずがないし。考えてたんだけど、凛太の気持ちにリンクして、届けられるなら。それは本当に、進化かもって思ったんだよね」
確かにそれなら――抑制剤もいらないし。好きな、相手にだけ……。
……ん?
「オレ、別に、竜のことは……」
瑛士さんは、ふ、と笑ってオレの頭をナデナデしてくる。
「まあでもそこは……信頼とかはあるでしょ」
「……はぁ……」
「――竜のことは思ってなくて、オレのことは?」
「え?」
「今、竜のことは、って言ったでしょ」
「――」
意味が分かった瞬間、かぁっと顔が熱くなる。近すぎて逃げられないので、ひたすら俯こうとしてると、瑛士さんの手がオレの頬にかかった。
「――真っ赤。……可愛いなあもう」
真っ赤な顔、瑛士さんに至近距離から見られるのは、恥ずかしすぎる。
また俯こうとしたら今度は止められなくて、無事に下を向けたオレを、瑛士さんがクスクス笑いながら撫でてくれている。
……瑛士さんのことは。
――好き。なんだと思う。
初めて。こんな風に、一緒にいて。
初めて、可愛いって。こんな風に抱き締めてくれて。
大事だって、言ってくれて。
…………好きにならない訳。ない気がする。
でも。
瑛士さんを好きになる人なんて、いっぱいいる。
瑛士さんと一緒にいたら、皆、瑛士さんを好きだと思う。
だから。これ以上、勘違い、するようなことは。
……そう思いながら、ふと。
何がどう勘違い、なんだろう。
オレが瑛士さんを好きなのは、そのまま好き、で。
……瑛士さんは……。オレを、可愛いって言ってくれて……?
三年の間に、瑛士さんを、愛せるか……?
「オレが言ってること……分かる?」
瑛士さんが、オレを見つめて、そう聞いてきた。
……オレは、思わず、首を傾げながら。でも、言葉の意味は分かるので、少し頷く。
「微妙なとこだね」
瑛士さんはクスクス笑って、オレを見つめながら、オレの頬をつぶしてくる。
「さっきね、リビングに居て、皆で話してた時は、この話――ほんとは、するつもり、なかったんだ。言わずに、契約としていられる三年間で、凛太にオレを選んでもらおうと思ってた。言って、変にプレッシャーかけるんじゃなくて……三年の間に、ゆっくり、オレと居たいって思ってもらえるようにしていこうって思ってたんだ」
「――――」
「でも、さっき――凛太、泣いてたでしょ。オレに出て行ってって」
瑛士さんは、ちょっと眉を寄せて、困ったみたいな顔をした。
「……凛太がそう言った意味は、すぐ分かった。契約の相手だから。契約が終わったら、オレが居なくなると思ってる。……そんな相手に、頼りたくないよね。居なくなった時、辛くなると思っちゃうよね」
「――」
なんだか。図星すぎて……ちょっと恥ずかしいくらい。
……どうせいなくなるなら、頼りたくないって、思ったんだった。
今まで一人で、平気って思ってきたのに。一人で平気じゃなくなったら、困るって……。
「ごめんね。オレ、それじゃあ三年、どんなに頑張っても無理だって思った。ごめん。なんか……凛太の気持ちを尊重してるようで……なんか、全然、分かってなかった」
「――」
「オレは不安にさせたくないし、凛太を泣かせたくない。オレは、凛太が大事で、可愛いから、ヒートも付き合うし。でも一線は、超えるつもりはない。でもそれは、凛太を抱きたくない訳じゃなくて、無理やりは奪いたくないってことだから。凛太が勉強頑張ってるのも、邪魔はしたくない。だから、ヒートは助ける。それは、もう、役得みたいなもんだし。凛太も、そこはもう、頼って。――でも、オレは居なくならないから。いつでも頼って、安心して触られてて」
そこまで話してから、瑛士さんは、ふ、と苦笑してオレの顔を覗き込んできた。
「オレ、凛太と会ってから、ずっと凛太と居るんだよ。知ってる? ――結婚しても付き合っても、一緒に居られないと思って、だから、そういうことから離れようとしたのに。凛太と居るために、仕事早く終わらせようとか、すげー頑張ってんの。凛太と寝たいし。ホットミルク入れてほしいし。ご飯、一緒に食べたいし」
「――」
「逆にね。仕事の邪魔になるんじゃなくて、凛太がいると、捗るんだよ。そういう気持ちは、凛太と会って、初めて知った」
瑛士さんの言葉を聞いていたら、何でか分かんないけど。
不意に視界がうるっと滲んだ。
あれ、と思った瞬間。急に、涙が、ポロポロと零れ落ちた。手で押さえようと動いたら、気づいた瑛士さんは、ふと、微笑んで、指で涙を拭ってくれた。
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