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125.死ぬほど可愛い(前)

「水飲む?」 「あ。はい」  頷くと、瑛士さんは水のペットボトルを取って、オレに渡してくれる。  至近距離でじっと見つめられながら、水を飲むのは、すごく緊張する。飲んでる気がしないけど、とりあえず、蓋を閉めた。 「何から話そうかな……」  オレを近くに引き寄せて、大きな手で、頬に触れてくる。親指で、すり、と擦られる。 「オレが今から言うことは、オレが本当に思っていることだよ。すぐに信じられなくても仕方ないとは思ってるけど、オレが、凛太に嘘をつく必要はないし」 「はい……?」  頷きながらも、意味がつかめなくて、首を傾げてしまう。  何を言われるんだろうと、なんだかすごくドキドキしている。なんか息が浅い気がする。 「状況、整理しとくね。オレは三年くらいで、事業を軌道に乗せたい。その間は恋愛も見合いも結婚も、とにかくどこからも迫られたくない。正直、そんなことをしてる暇はないと思ってた」 「……はい」  真剣な声。オレは、ただ頷いた。 「凛太は、金銭面とかいろいろ、できたらお父さんに頼りたくなかった。でも仕事と、学業は両立できそうにないと、思ってた、よね?」 「はい」 「オレ達が出会って、利害が一致した。もともと婚約者の役をやってもらう契約は、話がついてる。それで、オレは、お礼をする。――これ以上のことは、オレには、ほんとなら、必要なかった。……ここまで、オッケイ?」  ここまでは、うん。そのとおり。  ほんとなら必要なかった、のところは。よく分かんなくて引っかかるけど。 「はい」  頷くと、瑛士さんは、オレを見下ろして、ふわ、と目を細めてにっこり笑った。どき、と胸が音を立てる。 「じゃあ、それを前提として話すね」 「はい」  ドキドキ。なんだか緊張する。こんなに前置いて、話すことって何だろう。  少し頭を巡らしてみても、全然何も思いつかない。 「あのね、凛太。オレは、凛太のことが、死ぬほど可愛いんだ」 「――」  ぽかん、と口を開いて、それから閉じて。  このタイミングで、それ?? と首を傾げてしまった。  可愛いって、瑛士さんからは、ひたすら聞くけど……今??  困って首を傾げていると、ふ、と瑛士さんが優しく笑う。 「オレは凛太を可愛いと思ってて、一生可愛がってたいと、思ってる」 「――」  一生? 聞き間違いかな。一生?? 何度も、頭の中で繰り返してしまう。 「当初言ってた通り、契約は三年。さっき二人の前でも言ったとおり。ただオレは、凛太を一生大事にしたいって、思ってる」 「――」 「軽く、言ってる訳じゃないよ。オレ、ここまで生きてきて……こんなに可愛くて守りたいと思ったの、初めてだから」 「……」  瑛士さんが今言うことは、本当に思っていること。って。最初に言ってた。  結論が見えないけど。……なんだか嬉しいなとは、思う。 「でもね、まだ会ったばかりだし。オレがどんなに決めていても、オレのこの言葉を凛太が今すぐ信じるのは、無理だと思ってるんだ。それに、まだ学生で、一生懸命勉強したい凛太を尊重したい。だから、とりあえず、三年間の契約はちゃんと契約として行って、その間に、凛太にオレを好きになってもらえたら。契約は、永久にシフト。――って思ってた」 「――――」  言ってることは、分かるんだけど。  ……でも、なんか、やっぱり分からない。 「凛太、これから三年間。考えながら一緒に居てほしい。オレと、一生一緒に居てもいいと、思えるか。オレを、そういう相手として、愛せるかどうか」  胸が痛い。なんか、ドキドキしすぎて。苦しすぎる。 「オレは、今でも、本当に婚約して結婚してもいいって思うくらい、凛太のことが可愛いんだけど。まだ会って間もないっていうところで、凛太に信じてはもらえないかも、とは思う。あと、やっぱりオレ、ここから忙しくなるから、今そうなっても――どうしても、凛太を一人にしちゃうこともあるかもしれない」 「……」 「――オレは、まあ、結構いい歳だし。いろんな相手と、いろんなことを経験して……その上で、今、考えてるけど」 「……」 「凛太はまだ、学生だし。そういう経験も今までは無かったし……オレが、今めちゃくちゃ迫って、オレのにする、っていうのは――それはちょっと、良くない、と思ってる」  瑛士さんは、困ったように、苦笑した。 「ヒートはもしかしたら、本当に、オレのせいで起きたのかもしれない。ランクの高いアルファのフェロモンに反応してヒートを起こすオメガは居るから。オレ、今までにも、出会ってすぐに、そうなったこともあるから……キス、したでしょ。あれも影響したかも。――でも、別に悪かったとは思ってないし。ヒートの凛太が可愛すぎて……余計、オレが守りたいって思ったし」  瑛士さんは、オレの髪の毛を撫でて、また頬に触れた。 「でも、最後までするのは我慢した。だって、それをしちゃうと、多分、意思じゃなくてフェロモンで、無理やり、凛太をオレのにしちゃいそうだから。多分、オレは、それを出来ちゃうんだ」  そこまで言って、瑛士さんは、ふ、と笑った。 「だから、一線は越えなかった。まあ……それでも、ちょっと、可愛がり過ぎちゃったけど」  そんなことを言って、苦笑しながら、オレをよしよし撫でてくる。  ――胸が詰まって、息ができない。  なんて返事をしたらいいか分からなくて、ずっと、ただ黙って聞いてるしかない。

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