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147.嫉妬?
「一回でこんなになるんですね」
本当に不思議でそう言うと、麻里さんは微笑みながら頷いた。
「お手入れを毎日していたら、次いらっしゃるまでにもっと良くなってますから。瑛士さんがお使いの化粧品で、凛太さんのお肌のお手入れ、してあげてくださいね?」
「あぁ、了解。凛太の肌、整えとく」
麻里さんの言葉にそう応えた瑛士さんは、「じゃあ今日はこれで帰ろうか」と不意に立ち上がった。
「行こ、凛太」
「あ、はい」
なんだか急に瑛士さんが急いでいるような気がして、慌ててオレも立ち上がる。
楽しそうに話してる瑛士さんと麻里さんについて、出入り口の方に向かうと、さっきの受付の人たちも見送ってくれようとしているのが見えた。
目の前を歩く瑛士さんと麻里さんの後ろ姿が、嫌でも目に映ってしまう。
きっと、この二人がお似合いっていうのは、誰もが思うよね。
……って、当たり前か。
「じゃあ凛太さん、またいらしてくださいね。楽しみにしてます」
俯いていたオレは、不意に麻里さんに声を掛けられて、咄嗟に顔を上げた。「ありがとうございました」とお辞儀をしたオレの背に、瑛士さんの手が触れる。
「じゃあまた」
「ええ、また」
その手に優しく導かれるみたいに、エステの受付から外に出た。
廊下に出ると、なんだか少しほっとした。それを感じ取ったのか、瑛士さんがオレの肩を抱いた。
「凛太、疲れた? ごめん、急に連れてきて」
引き寄せられたまま歩きながら、ぽんぽんと肩を叩かれる。オレはすぐに首を振った。
「全然。疲れてなんかないです。ほんとに気持ち良かったですし――連れてきてくれて、ありがとうございました」
気を使わせちゃだめだ、と思って笑顔でそう言うと、瑛士さんはじっとオレを見つめた。
「――とりあえず、下にタクシー呼んだから。家に帰ろう」
「はい。というか、瑛士さんこそ、お仕事帰りなのに、すみません」
オレがもともと綺麗だったら、必要なかったんだろうに。
そう思うと、また少し、落ち込む。
エレベーターに乗って一階に降りると、ビルの前に迎車と表示されたタクシーがとまっていた。後部座席に並んで座り、車が走り出すと、瑛士さんは言った。
「しばらく時間かかるから、眠ってていいからね」
そう言われて――いつもなら、寝ないです、というところなんだけど。
――なんだか楽しく話をする気がしなかった。
「お言葉に甘えちゃってもいいですか?」
「うん。もちろん。おやすみ」
ふ、と目を細めてくれる。
オレは背もたれに軽く寄りかかって、窓際の方を向いて目を閉じた。
今はもう、眠くはなかったけど、マンションに着くまでは、目を閉じたまま動かずに過ごした。
頭の中に浮かぶのは、瑛士さんと麻里さんの姿。
――麻里さんみたいな人が、婚約者として出れば、もうそれで皆、諦めるんじゃないかな。よく考えると、オレが婚約者として出ちゃったら、奪えそう、みたいな感じになって、瑛士さんが大変なんじゃ……。
そう思っていた時、運転手の人が「こちらで大丈夫ですか?」と言った。瑛士さんが頷いて、車が止まる気配がした。
「凛太、ついたよ」
オレに声をかけてから、タクシーの清算をしてくれている。オレは目を開けると、瑛士さんについてタクシーを降りた。
タクシーを見送ったその時、ポケットの中でスマホが震えた。
嫌な予感がして、スマホを手に取った。
父からのメールの通知だった。――オレは瑛士さんを見上げた。
「すみません、メールを見ていいですか?」
「ん。いいよ。とりあえずゆっくり歩こうか」
頷いて、ゆっくりマンションに向かって歩きながら、スマホを確認する。エステをしてた時間に、着信が来ていたらしい。オレは父からのメールを開いた。
さっと目を走らせて、余計に心がざわついた。
Ωだったのか。何故言わない?
婚約者の相手だが、本当に、本人か?
……というような意味の、長文。最初、何を言ってるのかよく分からなかった。
本人かって、どういう意味――……って。ああ。オレが、騙されてるとでも、思ってるのかな。
オレなんかが、瑛士さんみたいな人と、婚約するわけがないって。
まあ……予想よりも上向きにひどいけど。
でもまあ、父の言いたいことも、分からなくはないか……。
「凛太?」
「あ、すみません。もう大丈夫です」
オレはスマホをしまって、マンションのエントランスに続く階段を上る。
良かった。電話出られなくて。
もう今日は無理。明日、返事しよう。
ため息をつくと、瑛士さんに気を使わせてしまいそうで、オレはなるべく平静を装いながら、なんとか部屋の前まで辿り着いた。それぞれのドアの前に立ってから、瑛士さんがオレに視線を向けた。
「凛太は、今日はもう寝たい?」
「いえ。まだ――シャワーを浴びたら、本を読んで、あとSNSも触りたいので」
「じゃあ先にシャワーを浴びようか。化粧水とか、そっちに持ってくから」
「お願いします」
頷いて、部屋に入ろうとしたところを、「凛太」と呼び止められた。
「化粧水っていったけど、よく考えたらいろいろあるからさ。本とスマホ持って、こっちにおいで? こっちでお手入れしてあげる」
「分かりました」
そう答えたとき。ふと瑛士さんが近づいてきて、その手がオレの頬に触れた。
「――へ……?」
「うわ、ほんとだ」
ぷにぷにと、頬に触れられる。至近距離の、楽しそうな瑛士さんの顔に、思わず見とれていると。
「なんか――麻里さんのマッサージでもちもちになったとか聞いたらさ、すっごい凛太に触りたくて。早々に退散してきちゃったんだよね」
くすくす笑いながら、瑛士さんがオレの両頬を挟み、「かわい」と微笑んだ。
「――ごめん、手洗ってから、と思ったんだけど。すぐシャワー浴びるし、ちょっとだけ。……なんだか麻里さんに触られたままなのも、少しムカついて」
「え。むかつい……??」
「ああ、分かってるよ。エステだし、当たり前なんだけど。――マッサージが気持ち良かった、なんて、凛太がしみじみ言うからさ――ちょっと、嫉妬、かも」
嫉妬……。
……瑛士さんが。麻里さんに?
麻里さんが、オレの頬に、触れたから?
「んー。――つか、何言ってんだろ、オレ」
苦笑しながら、瑛士さんがオレをまっすぐに見つめる。
「バカみたいだよね。……引いた?」
「……」
「……え、もしかして、すごく引いてたりする?」
困ったように笑う瑛士さんに、オレは慌てて、首を振った。
そんな風に、嫉妬してくれるなんて、思わなかった。
触れられてる頬が、なんだか熱い。
いろいろ考えまくっていたことも、さっきの父のメールも、急にどうでもよくなりそうで。
そんな自分が、不思議だった。
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