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177.溶けるみたいな

「凛太――起きれる?」  優しい声に目が覚める。  声の方を見ると、朝から、キラキラしてる瑛士さんの笑顔。   「おはようございます……」  ちょっと声が掠れる、寝ぼけモード。  ……瑛士さんはどうして朝からこんななんだろうか。 「瑛士さんって……いつ目が覚めたんですか?」 「ん? 少し前だよ」  ……起きたばっかりでこれなのかぁ……。  不思議に思いながら、のそのそ動いて、起き上がろうとすると。  何故かまた引き寄せられて、すぽ、と抱き締められた。 「……瑛士さん?」 「寝起きの凛太、可愛くて好きなんだよね。もうちょっとだけ」 「…………」 「あ、寝起き以外も可愛いけどね」  何も答えられないオレに、追い打ちでそんな風に言ってくる。 「寝起きの凛太、あったかいよね……」 「――瑛士さんも、あったかいですよ」 「そう?」  喉の奥でふふ、と笑う瑛士さんの鼓動が、トクトクと、伝わってくる。  ……だめだ。せっかく目が覚めたのに、このままだと二度寝の誘惑に、負けちゃう気がする。 「……瑛士さん、あの……これだと、寝ちゃいます」 「……んー、いいねえ、それ。幸せだよね」  耳元で囁く瑛士さんの、甘い、声。  なんでこんなに、甘いんだろう。 「急ぐ用事が無かったらな。このままもう一度寝るのにね。そういうさ、溶けるみたいな二度寝って、めちゃくちゃいいよね」  笑いを含んだ優しい声に――それこそ、今、溶けちゃいそうだな、なんて思ってしまう。  ――思ってから、なんだかすごく、その思考に照れる。  だって、なんか。  オレが、こんなことで、溶けちゃうとか思うなんてさ。  瑛士さんに会うまで、想像することすらなかった感覚だ。  誰かの腕にはまって、こんなに幸せだと思うなんて、不思議すぎる。  オレはもう、観念して、回された腕の中にさらに深く収まった。  瑛士さんの体温と、優しい匂いに、意識がまたふわふわと遠のきそう。 「……本当に、溶けちゃいそうなんですけど……」 「いいよ、溶けてごらん?」  くすくす笑いながら、瑛士さんの手がオレの後頭部を撫でてくれる。 「いや、だめですね……起きないと」 「んー……まあ。そうだねぇ。授業何時から?」 「九時には行きたいです」 「んー……オレも同じくらいだなぁ。仕方ない。起きるか」  そう言いながらも、瑛士さん?、オレの髪に優しくキスをしてくる。 「あと、一分だけ」 「――はい」  しばらく抱き締められたまま。  ――部屋が、白い。柔らかい、朝陽だ。 「瑛士さん」 「ん。分かってる、起きようね」  離れようとした瑛士さんに、ぎゅ、と抱き付いた。 「……やっぱり、あと一分だけ」  そう言うと、瑛士さんは「了解」と笑みをこぼした。  抱きしめてくれる力が、さっきよりも、少しだけ強くなった。 ◆◇◆  あの後、結局十分くらいくっついていて、それから急いで着替えて、身支度を整えた。目覚めた時には晴れていたのに、急にうっすら暗くなって、車に乗って少しして、雨が降り出した。  朝の高速。車はそう多くはない。  ワイパーの音が、一定のリズムで続いている。  音楽は心地いい洋楽が流れてる。……洋楽。似合うなぁ。  瑛士さんは、眼鏡をかけてハンドルを握ったまま、前を見ている。  なんだか、横顔が余計に整って見えて、見とれてしまう。  眼鏡って……瑛士さんがかけると、最強アイテムになるんだな。  ほんとヤバい……。  なんて、妙なことを考えていると、瑛士さんが一瞬だけこっちを見て、すぐに前に視線を戻しながら笑った。 「眼鏡、慣れない?」 「……慣れない、とかじゃないです……」  カッコよすぎるだけです。  とは言えず、見すぎだったかなと、視線を前に戻す。結構強い雨粒を、ワイパーが弾いていくのを目で追っていると。 「なんかじっと見てるから。怖いのかなって」 「えっ?」  びっくりして、また瑛士さんを見てしまった。  なんで、「怖い」なんて出てくるんだろう。不思議。誰かに言われたこと、あるのかな。……でも絶対怖くないよね。何だろう。 「怖くなんて、ないです。……似合いすぎてびっくりってオレ昨日も言いましたけど……」 「あ、そうだったね。……ならよかった」  ふ、と瑛士さんが微笑むけれど、どう見ても、苦笑といった雰囲気だった。 「ごめん。変な質問だったね」  そう言われて、躊躇ってから、いえ、と小さく返事をした。    なんだろ。  いつも、あんなに優しく笑う人なのに、「怖い」と思われることを心配するなんて、どうして。胸がちくりと痛む。  少し沈黙が落ちてしまう。  そのあとで、瑛士さんが、ぽつん、と言う。 「昔さ、父さんが眼鏡をかけてたとき、怖いなーと思ってた記憶があってさ。それで聞いただけ」  ……瑛士さんのお父さん。  なるほど、と聞きながらも、眼鏡で怖い? と不思議に思いながら。 「瑛士さんが怖いなんて無いです。オレにとって、世界一優しい人なので。怖いなんて、絶対無いです」  思わず、絶対をつけて、そう言ってしまった。  すると、少しだけ間があって――それから、瑛士さん、ふっと吹き出した。 「ならよかった」  そのままくっくっ、と笑ってる。  眼鏡の奥の瞳が、いつもの優しい色に戻っている気がした。  嬉しそうというか可笑しそうというか……。  苦笑じゃなくなったことに、少しほっとした。

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