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186.いつも考えてくれるとこ

「凛太―?」  部屋に上がってくる足音と、再度呼ぶ声に慌てて脱衣所から出ると、瑛士さんがオレを見つけて、ぱっと笑顔になった。  オレが、瑛士さんの声を聞いて、喜んだ顔と同じに見えて――なんだか、ちょっと、くすぐったい気持ちになる。 「おかえりなさい――あれ? もう、お風呂入ってきたんですか?」  もうパジャマだし、髪もふわふわの瑛士さんだ。 「うん、寝れる感じにしてきた。電話したけど出なかったから、凛太もお風呂かなって思ったし」 「はい、お風呂でした」  ふふ、と微笑んで答えると、瑛士さんはオレの顔に、そっと触れた。 「ちゃんとお手入れしたね」  そう言った瑛士さんの瞳が、優しく緩む。じっと見つめられて、ドキドキしてしまう。 「ツヤツヤしてる。若いっていいね」  くすくす笑いながら、瑛士さんはそう言うと、オレの頬をぷにぷにとつまむ。  オレは、めちゃくちゃドキドキしたまま、瑛士さんを見上げた。 「……ていうか、瑛士さんも若いですよね?」 「いやーオレはどっちかというともう三十に近いし」 「え。でも、二十七って二十五に近いですし」 「えーそう? 二十歳前後の子の肌の張りは、ないよなぁ」  楽しそうに言って、瑛士さんはオレを見つめると、ふ、と微笑みながらオレを引き寄せた。 「――ただいま、凛太」  胸の中に収まって、ぽふぽふと頭を撫でられる。抱きしめられてしまって、ふわりと瑛士さんの匂いがする。いつもだけど、すごくいい匂い。 「あー。いい匂い。凛太」  オレの頭に顔を埋めて、そんなことを言ってる。 「……やっと補給できた感じする……」   耳元で低く呟かれて、背中に回った腕が、ぎゅうっと強くなる。 「瑛士さん……?」 「あと三十秒だけ……」  ――そのまま結局しばらく、抱き締められていたけれど。  ふ、と思い出したように顔を上げて、瑛士さんはオレを見つめてきた。 「あ、そうだ、パンはどうした? なくなった?」 「あ、はい。竜とか他の人にも食べてもらいました」 「あはは、よかった。京也さんに話したら、凛太くんがもったいないからって全部食べてたらどうするんですかーって言ってさ」 「さすがに無理でした」 「太っちゃいますよ~なんて京也さんが言うからさぁ。ちょっと凛太が太ったとこ、想像してみたんだけど」  そんな風に言って、瑛士さんはオレを少し離してじっと見つめてくる。 「ちょっと太っても全然いいよね。もっちりしてるのも可愛いに違いないなって、言ったら、なんか呆れられた」 「――でしょうね……」  楠さんの呆れた笑いが、目に浮かぶようで、オレも苦笑してしまった。 「でも本当のことだし。……まあ、今も、こんなに柔らかくて可愛いけど」  ふふ、と笑う瑛士さんの指先が、ぷにぷにしていた頬から、そっと滑って唇の端に触れた。親指でなぞられて――少し背筋にぞくっとしたものが走る。  オレは、それをごまかそうと、そっと瑛士さんから離れた。 「ホットミルク、飲みますか?」 「うん。飲みたい――あ。そうだ凛太」  リビングに向かって歩きだしながら、瑛士さんが言った。 「明日なんだけどさ。麻里さんのところに行く時間、ある?」 「え。あ、エステ、ですか?」 「うん。明後日お父さんのところ行くでしょ。いろいろ整えてもらったらいいかなーと」 「いろいろって……たとえばどこですか?」 「んーそうだね。肌とか眉とか……綺麗にしてもらおうよ」 「眉……? 綺麗じゃないですか?」  確かに整えたことはないけど……?  眉に触れてこしこししていると。 「いや、全然。可愛いんだけどね。――でも、一番いい状態に整えて、お父さんの前に立ちたいなーと……思わない?」 「そう、ですねぇ……」  別にあの人の前で、今さら整えたいとかは、思わないけど……。  そんなことを思っていると、瑛士さんがちょっと口を尖らせた。ちょっと珍しい顔、と見つめていると。 「まあでも――エステは、パーティーとかが終わったらもういいかなぁ……ほんとはさ。あんまり可愛くなりすぎて誰かに目を付けられるのもいやだし。やっぱり麻里さんですら、そんなには触ってほしくないとかね……思っちゃうんだよなー、オレ……って、エステなんだから触るのは当たり前なんだけど」 「――」  苦笑してる瑛士さんを見つめて、オレが黙っていると、瑛士さんはちょっつと肩を竦めた。 「まあオレの独占欲はおいといて……」 「独占欲、なんですか……?」 「……それ以外に、何があるの?」  瑛士さんはそう言って、ふ、と目を細める。 「まあでも――明日は行っておこうよ」  ね? と微笑まれて、少し考える。……独占欲、とやらはおいておいて……瑛士さんが、明日は行っておこうと言ってくれる理由も、なんとなくは想像がつく。きっと一番いい状態で、あの人の前に立たせてくれようとしてるんだろうなって思った。  オレは、キッチンでホットミルクの準備を始めながら、瑛士さんを見つめた。 「何時に学校終われば間に合いますか? 瑛士さん、お仕事は大丈夫なんですか?」 「明日のために今日遅くまでやってきたから」  そんな風に言って笑う瑛士さんに、ああ、なんか――ほんと、いろいろ考えて、動いてくれてるんだなぁって……なんだか胸が締め付けられる。 「――行きたいです、麻里さんのところ」  そう言うと、瑛士さんは、ふ、と嬉しそうに微笑んで頷いた。  こんな風に、いつもオレのこと、考えてくれるとこ。不思議だけど……ありがたいし――どうしたって嬉しい。

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