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190.もう、言わないので

 鏡を覗き込むと、今回も短い施術で、自分の顔が驚くほどすっきりと、明るくなっている。すごいなぁ。ほんと、プロって感じ。エステって、すごいんだなぁ。  更衣室から出て、ロビーに戻ると、ソファで待っていた瑛士さんがゆっくりと顔を上げた。オレを見た瞬間、ちょっと眉が上がって、それからふっと微笑む。 「うん。ありがとう、麻里さん。すごくかっこよくなった」  少しハスキーな、低めの声で言って、瑛士さんが目を細める。かっこよくはないかな、とオレが困っていると、瑛士さんの正面に座っていた麻里さんは、「そうでしょ?」と、ちょっとドヤ顔をしている。  たぶん他の人から見たら、最高にカッコいい人と、綺麗な人に褒められてしまっていて、なんだかちょっといたたまれない気もする。  促されて瑛士さんの隣に座って、すすめられたお茶を飲む。  香りのいいお茶が、体にしみこんでくみたい。ほ、と息をついたとき。 「麻里さん、ほんとありがとね」 「――どういたしまして」  改めて言った瑛士さんに、麻里さんはやわらかく微笑む。 「そういえば、新しい機械入れるって言ってたのは?」 「あ、それなんですけど、ふたつ考えてて――」  よくわからない機械の名前が出てきて、麻里さんが持ってきてカタログを見ながら二人は話し始める。オレはお茶を飲みながら、なんとなく聞いてるけど、全然わからないので、いい雰囲気のロビーをなんとなく見回す。  置いてあるものもおしゃれだし、いい匂いがするし、照明すらきらびやか。  こんな空間が、あるんだなあ、って感じ。  話し続けている二人の間に流れる空気は、穏やかで、優しい。  そういう意味でのお似合い、ではなくて……たぶん、信頼、なのかな。  お互いがお互いの言葉を、信じてる感じがある。  ……まあ、確実にお似合いではあるんだけど。  お茶を飲み終えて、カップを静かに置いた瞬間、ふと瑛士さんがオレを見た。 「飲めた?」 「あ、はい」 「じゃあ今日はもう行こう。麻里さん、ごめん、その話はまた電話するから」 「はい」 「行こ、凛太」  立ち上がった瑛士さんに続いてオレも立ち上がる。話の途中で行くって、なんか、急いでるのかな。時計を見ると二十時近い。  麻里さんとスタッフさんにお礼を言ってエステを出て、瑛士さんがエレベーターのボタンを押す。 「瑛士さん、なにか急いでますか?」  そう聞いたら、瑛士さんは「ん?」とオレを見下ろした。 「なにか用事、あるんですか?」 「ああ。いや、急いでるわけじゃないんだけどね――」 「?」  到着したエレベーターに乗って、一階を押すと、瑛士さんはオレの肩に手をのせて、ぐい、と引いた。 「めちゃくちゃ、可愛くなったね」 「……っそ、う、ですか?」 「うん」  至近距離で見つめられると――心臓がうるさくなる。  ……人の体って。ほんと不思議だ。  瑛士さんと会ってから、オレの体は、なんだかよくわからない反応をするようになった気がする。  急に心拍数が上がったり、病気でもなさそうなのに、体の奥が痛くなったり。  ……突然、涙が、溢れたり。  感情が、体の反応に直結する感じ。  今まで――あんまり、認識してなかったことだから、すごく不思議だけど。 「かわいーな……」  ちゅ、とこめかみにキスされて。オレは、少し唇を噛む。 「あの、瑛士さん……」 「ん?」 「あの……さっき、麻里さんたちが謝ってくれてた時、なんですけど」 「あぁ。うん。なに?」  にこ、と微笑んで、何の含みもないやさしい笑顔でオレの言葉を待ってくれている。……たぶん、言わなくても、瑛士さんはそれについて何もオレに言わないと、思うんだけど。 「お似合いだと思うからってオレ、とっさに、出ちゃって……」 「――ん」 「……なんかあれだと、瑛士さんが言ってくれたことにも、なんか……」 「オレが言ったことって?」 「あの……人からどう見えるか関係ない、て」  そのとき、エレベーターのドアが開いた。瑛士さんは、オレの肩から手を外して、先にエレベーターを降りる。続けてそのあとをついて歩いてるオレを、ふと振り返ると、そっとオレの手を取った。 「まあ。……またお似合いって言ってるなーとは思ったけど」  手を繋いで、駐車場を歩き始める。 「それで?」  じっと見つめられて――つないだ手の暖かさにドキドキ、しながら。 「……麻里さんとお似合いっていうのが、ですね」 「うん」 「オレ――やっぱり嬉しくはないなって……麻里さんと話してて思ったので」  話している間に車について、瑛士さんが先に乗り込む。助手席側に回って、オレも車に乗りながら。 「だから……もう、言わないので。ああいうこと……ごめんなさい」  静かな車の中。二人きりの閉じられた空間で、見つめられながらそう言うと。瑛士さんが、ふと小さく笑った。 「うん。そうだね」  そう言ったと、思ったら――腕を取られて引き寄せられて。  唇が、重なった。 「ん……?……っン」  後頭部に瑛士さんの大きな手に引き寄せられて、いきなりのキスが深くなる。 「えい、じ……さ」 「――可愛いなぁ、もう……」  息をさせてくれるためなのか、一瞬離された間にそんな風に熱っぽく囁かれて、一気に顔が熱くなる。  すぐにまた、キスされて。 「――ん……」  失言を、謝ってるだけなのに……なんなんだろ。なんで、嬉しそうなんだろ。わかんない……。  なんかもうわかんないけど……瑛士さんは、ほんとうに、強烈で。  頭、くらくらする。

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