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15 旅立ち

 秋の花がその盛りを過ぎる頃、玲陽は都への旅立ちを決めた。  犀遠の喪が開け、体も旅に耐えられるほどには回復していた。  歌仙を発つその前に、玲陽は母を訪ねた。  光沢を抑えた薄紅色の長袍に、軽やかな外袍を重ねたのは、秋の寒さを案じた犀星の手心だった。  犀星はこのとき、初めて玲家の門をくぐった。それは、彼が赤子の時に犀家に引き取られて以来、二十五年ぶりのことであった。  玲芳は母屋の客室で、玲陽と犀星を迎えた。  玲陽は背筋を伸ばして母に近く座り、犀星は少し離れて、玲凛と並んで様子を見守る。玲家本家の嫡流が、ここに揃った。  玲芳の目がかすかに震えながら、十年ぶりに会う玲陽の姿を必死になぞった。玲陽もまた、毅然としてそこにあった。彼の傍には、紺碧に流水の紋が浮かぶ大太刀が、そっと置かれていた。その帯には、犀星が贈った、夕日のような橙に白で犀家の紋が描かれた佩玉。髪には玲凛が自分の髪から抜き取って飾った、花弁の簪が揺れる。  玲芳はそっと膝を送り、玲陽に寄るとしっかりと握られていたその手に触れた。緊張した面持ちで、玲陽は視線をゆらし、それからおそるおそる指を開き、柔らかな玲芳の手を受け止めた。その温もりを、玲陽は覚えていた。  記憶よりも小さく思われる母の体は、心配になるほどに震えていた。 「母上」  玲陽の呼び声に玲芳の目が開く。 「都へ行く前に、お伝えしたいことがあってまいりました……」  玲陽は珍しく言葉につまりながら、それでも、精一杯に見つめた。 「母上。私を、産んで下さって、ありがとうございました」  そう言って、玲陽は子供のような笑顔を見せた。  玲芳は泣き崩れた。玲凛が目をこすり、犀星は欄間から見える空を見上げた。  彼ら旅立つ。  過去はすべて、懐かしい故郷に残して。  いつか運命のもと、この地に戻る時まで、互いの絆を信じ、未来へと。  犀星の目に映る空に、一筋の雲が線を引き、青の深みへと伸びていった。 新月の光 第一部 完 <あとがき>  最後までお読みいただき、まことにありがとうございます。  第一部『星誕』は、まさに犀星を含め、人物たちの生誕を描く内容としてお届けいたしました。  反省すべき点も多々あるなかではございますが、少しでも、皆様のお心に残る「言葉」と「メッセージ」がございましたら、書く者としての幸いでございます。  さて、ここに誕生した彼らは、故郷を旅立ち、両親の因縁から離れ、自分たちの時代を切り開いてまいります。  舞台を都に移し、また、新たな人物を交えて、物語はより「新月らしい」展開へと進んでまいります。  お心に叶いましたら、引き続き、ご愛顧賜れば幸いです。  皆様のご多幸と、再会できますとを祈念いたしまして、ごあいさつとさせていただきます。  『新月の光』と出会っていただきましたこと、心より感謝申し上げます。 2025年 初夏 恵あかり <🩵続々更新🩵> どこまでも広がる、「新月の光」の世界! これが、ハイヒストリカルファンタジーの圧倒的世界観! ⭐️新月の光 外伝「狂戯を喰む」7月4日より公開予定 https://fujossy.jp/books/29923 十年前、犀星が都にきてすぐのころ。親王の戴冠式で迎えた突然の宝順との……!? ⭐️犀星、まじで美しすぎるし、頭脳と肝の据わり方が尋常じゃない!!!! 🌪️涼景、おまえ、恋に落ちるの無理ないよ!!!全人類が落ちる!!!! 💦東雨、ちびっこなのに、全読者が守りたくなる最年少ヒロイン(性別関係なく)確定!!! 🌺蓮章、ラストの月明かりの並走、やばい、BL文学の極みだよ…… ⭐️新月の光 外伝「つばくらめの夢」7月10日より公開予定!! https://fujossy.jp/books/29923 涼景が辿った、数奇な運命。彼の心はいかにして作られ、いかにして壊されたのか。 ⭐️新月の光 第二部『紅陽』7月13日より公開予定 外伝更新後・新章スタート! https://fujossy.jp/books/29922 ⭐️新月の光 月なき夜に君は輝く 本作を底本として、縦横無尽、無責任かつ大胆に描かれる二次創作! お気に入りのカップリングをぜひ! リクエスト受付中! https://fujossy.jp/books/30100

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