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山茶花の幻影 4頁目
その男が誰か分かり、ガラスは内心「まずい」と思いながら、慌てて深々と頭を下げた。
「白菫 の君様……」
舎人 が目上の貴族に会ったら、まずは跪くのが普通だが、水の中にいるのでこのくらいしかできない。失礼に思われないかドギマギしながら、ガラスは白菫 の君の次の言葉を待つ。
「……」
(なぜ、この方は何もおっしゃらないんだ? そもそも私へ攻撃した理由は何だ? 敵だと思われてる?)
「恐れながら、名乗らせていただきます。私は左大臣のご長男、薫香 の君様へ使える舎人 でございます。訳あって水浴びの途中のため、このようなお見苦しい姿を見せてしまい、誠に申し訳ありません」
「ふん、何が舎人 だ。舎人 が聞いて飽きれる」
ようやく口を開いた白菫 の君の声には非難が含まれていた。なぜ彼の機嫌を損ねているのかわからず、ガラスは少々不服に思うが、舎人 の方から気軽に貴族へ話しかけるのはやはり失礼なので、理由を聞くことができない。
「そんな姿をして、貴様はどこまで私を愚弄するつもりだ」
「わ、私がいつあなた様を愚弄したと言うのですか?」
(まさか、まだあの日のことを根に持っているというのか?)
白菫 の君といえば、朝廷の教育や儀式を司る式部卿 を母に持ち、若い貴族の中でも特に将来を期待され注目されている1人。素晴らしいのは母に負けない博識ぶりだけでなく、武芸にも秀でていて、おまけに容姿にも恵まれているときたら、誰もが憧れてしまう。
本来はガラスのような舎人 が一生に一度言葉を交わせるかどうかというくらい関わることのない人物なのだが……2人にはちょっとした因縁があった。
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