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山茶花の幻影 3頁目
「はぁ……なんでクソみたいな主人に仕えてしまってるんだろう」
肌を刺すように冷たい水に耐えながら、ガラスは森の奥にある小川で身体を清める。他の舎人 の先輩方は、少し離れたところで野営の準備を進めていて、時折楽しそうな声が聞こえてくる。
「薫香 様、お見事でした!」
「このレンジシ親子のタテガミで毛皮を作らせましょう。桜桃 姫様への土産になるはずです」
レンジシ親子退治は薫香 の君の手柄である。
彼に仕える舎人 たちは口々にそう称えるし、ガラスも横取りされたなんて思ってはいけない。完全に横取り状態なのも分が悪いのか、一応最後のトドメだけは薫香 の君が刺しているが……。
(ほぼ死んでる体に一刺ししたくらいで、何がトドメだ。)
今日何度目かわからない舌打ちをするが、こういうことは初めてではないので、ガラスもすっかり慣れきっている。
(身分の低い私は薫香 様の駒でしかなのだ。いちいち根に持ってたらキリがない。)
「それより、なんてしつこい液体なんだ」
冷たい思いをして頭からしっかり水に浸かっても、髪についた液体は中々落ちない。指で少しずつ粘々したものを取り除くしかない。
(いつもツイてない私だが、今日はさらにツイてない気がする)
レンジシ退治の功労者だからといって、長時間の水浴びを許されているわけではない。ただ、この厄介な液体が別の幼獣を引き寄せる恐れがあるので、さっさと落としてこいと言われただけだ。
(すぐに戻って野営の準備に加わらないと。私が一番下っ端なのだから)
痛い思いをしながら無理に液体を取ろうとしたその時……。
「!」
ガラスの瞳に白く光る何かが映った。
(なんだ!?)
それは風切りながら、素早くこちらへ向かってくる。動体視力に優れているガラスはすぐに気づき、慌てて水の中に潜り込んだ。
(刀のようにも見えたが……私を狙っているのか?)
息継ぎをしないで滑るように泳ぎ、刀や衣を置いていた岩までたどり着く。
(敵には見抜かれているだろうけど……)
恐る恐る自ら顔を上げるが、予想していた攻撃は飛んでこなかった。
その代わり……卯の花色の狩衣を纏った背の高い男が勇ましい顔でこちらを見下ろしている。
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