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第1話 転生
社会人10年目。
普通なら多少の役職についていたり、出世していたり、それなりの中堅のようなポジションにいるはず。
それなのに、ポンコツな俺はまだまだ新入社員のような使いっ走りをしている。
今日も届いたプリンター用の用紙を運んでいると、俺よりも2~3歳若い社員に声を掛けられた。
「鈴木、来客用のコーヒーが切れてたから買ってきて。10分で」
新入社員こそ、勤務歴で敬語を使ってくれるが、慣れてくると俺は蔑ろにしていいと学ぶのか、何歳年下だろうとタメ口呼び捨てになる。
この男も典型例だ。
っていうか、10分!?
最寄りのコンビニでも片道で10分かかるのに?
しかも俺の両手には抱えるほどのコピー用紙…
「俺ですか?」
俺がそう返すと、そいつは目をむいて怒声を放つ。
「お前目ぇついてんのか!?
フロア見渡してみろ!
お前が一番暇なんだよ。
紙なんか後だろ!考えれば分かんだろ!!」
俺は慌てて「すぐ行きます!」というと、用紙の箱を邪魔にならなさそうなところに置いて駆け出した。
紙なんか後…、俺もそう思うけど、そうやって後回しにしたときは「邪魔だからさっさと片付けろ」と怒鳴ったのは誰でしたっけ?
なんて言えるはずがなく、俺はコンビニで大急ぎで豆を買い、会社に全速力で帰っていた。
エレベーターが混んでいて、俺は階段を駆け上がる。
が、コンビニまでの往復20分を走った30超えの万年運動不足の足は悲鳴を上げていた。
階段を降りてきた女性社員の集団を避けようとしたところで、足が上がりきらず、階段を蹴ってしまい、体が後ろに倒れかけた。
ガクガクの足は踏ん張りがきかず、そのまま後ろに体が落ちていく。
まあまあの高さまで登っていたはずだ。
ふわっと体が宙に浮かぶ。
ああ…、これ打ちどころ悪かったら不味いかも。
でもまあ…、こんな俺なんか最悪死んじゃってもいっか、なんて諦めにも似た感情が生まれて俺は目を閉じた。
すぐに、ドンっという衝撃がけつに走った。
「いってぇ!!…、ん?」
痛い。
確かに痛かった。
でも、あの階段から落ちたにしては、衝撃が弱すぎる。
俺は恐る恐る目を開けた。
目の前には10cmほどの段差。
え?俺、ここから落ちたことになってる?
っていうか、ここどこ…
そう思って当たりを見渡すと、そこはでかい城の裏にある中庭のようだった。
へ…?どういう…
困惑しながらその城を見ていると、誰かの記憶が急に頭の中に流れ込んできた。
その変な感覚に、俺はしばし頭を抱えてやり過ごす。
気持ち悪い…
そして、その現象が収まると、そいつのステータスが整理された。
こちらでの俺は、この大国の第二王子のラルフという名前の20歳男性のようだ。
すこぶる生意気で我儘。
家柄を盾に傍若無人に振舞っているらしい。
そのため、家族とはまあまあ険悪で、友人は0。
王都の学校を卒業し、今日から家の仕事を手伝うはずが、兄の第一王子と喧嘩し、執務室を飛び出す。
そして何故か中庭の段差に足を取られ、何故か後ろ向きに転んだようだった。
つまり…、異世界転生…
まさか…、この俺がそんなことになるなんて…
っていうか、どうせ転生するならもっといい感じの奴が良かった!!
今流れ込んできた記憶を見るに、まあまあ嫌な奴だし、けっこうポンコツじゃないか?
これからどうしたらいいんだ…
俺が空を見上げて、地べたに座り込んでいると「ラルフ様!?」と呼ぶ声がした。
めちゃくちゃ顔のいい、高身長爽やかイケメンが「大丈夫ですか!?」と言いながら俺の元まで走ってきた。
そのタレ目ツリ眉のメロい男の顔を眺めていると、そいつの情報まで流れ込んできた。
彼は、俺ラルフと同い年の付き人。カミュ。
学校も一緒に通っていて、俺なんかよりも優秀で剣の腕も立つ。
生まれた時から俺の付き人という運命が決まっていて、俺はそれを良いことに、こいつを顎で使い死ぬほどこき使っていた。
本当に申し訳ない…
俺がぼーっとしていたからか、「どこかお怪我でも!?」とその男、カミュは俺の前にしゃがみこんだ。
うわ…、マジで顔が良い。
俺、前世ではゲイだったんだよな…
そんな俺の考えに反して口が勝手に動いた。
「何をしている。早く俺を運べ」
え!?
「ああ、良かった。ラルフ様だ…。
喜んでお運びします」
ええ!!?
俺のあほみたいな我儘に、カミュは満更でもなさそうにほほ笑んで俺を抱き上げた。
「臀部が痛い。触るな」
「失礼しました」
そう言ってカミュは俺を縦抱きから横抱きに変えた。
いやいやいや!
何言ってんの、俺!?
そんで、何で従っちゃうのこのイケメン!!
それに、俺の言動は俺の意志に反している。
ラルフとしての人格があるままに、俺の魂が入りこんじゃった感じなのか?
とにかく、どうするんだこれ!!
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