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プロローグ(3)
「あの、驚かせてごめんねって、父さんにも伝えておいてくれる?」
莉音はおずおずと言った。
「でも僕、いますごく幸せだからって」
「まぁねえ、あれだけラブラブなとこ見せられちゃったら、そりゃ幸せなのは充分わかるけどねえ」
「えっ!?」
自分でも、真っ赤になったのがわかった。顔が熱い。だが次の瞬間、胸が痛くなった。
「あ、えっと……、ごめんなさい」
「莉音?」
「父さんも母さんも、あんなかたちで人生断ち切られちゃったのに。それにばあちゃんだって、病気でさんざんつらい思いしてたのもずっと見てきてる。それなのに、僕だけ生き残って、こんなふうに好きな人と毎日笑いながら暮らしてるなんて……」
口唇 を噛みしめて俯いたところで頭を引き寄せられた。そのまま、ポンポンと慰めるように叩かれる。
「バカね。それがあたしたちの願いなんだから、いいのよ。莉音が幸せに笑っててくれないと困るの」
「でも僕……」
「い~い、莉音? そりゃあたしたちだって、もっと生きてたかったわよ? もっと長生きして莉音と一緒にいたかったし、やりたいこともいっぱいあった。パパなんて、余計にその思いが強かったでしょう。莉音が成長して、自分の許から巣立っていくところまで見届けたかったに違いないんだから」
莉音は俯いたまま、うんと頷いた。
「でも残念ながら、あたしたちにはそれができなかったし、あたしもあんたのことが心配で心配で、心残りでしかたなかった。だけどね、どんなに嘆き悲しんでも現実は覆 らない。そんな不甲斐ない親にかわって、あんたのことを大切に守って、深い愛情で包んでくれる人が現れた。それがどんなに嬉しかったか、わかる?」
「母さん……」
「よかったね、いい人に出逢えて」
ようやく顔を上げた莉音を見て、母は満足そうに目もとをなごませた。
「優しくて誠実で、素敵な人じゃない」
「うん、すごく」
「これもみんな、おじいちゃんとおばあちゃんのおかげだね」
母の言葉に、莉音はハッとした。
「あの、母さん、ひょっとして、おじいちゃん、にも会えた?」
尋ねた途端、母はあははと笑った。
「会えた~。っていうか、びっくりよね。あたしの中で『父親』ってもはや架空の存在みたいな感じだったんだけど、まさかこっちで会えるなんて思わなかった。しかも向こうは一ヶ月前に来たばかりだっていうじゃない? なんか変な感じよねえ。でもお母さん――あんたのおばあちゃんも、ひさしぶりの再会で嬉しそうだったし、こっちの世界って年齢もあってないようなもんだから、ふたりともすっかり若返っちゃって」
親のイチャイチャ見せつけられるなんて思わなかったわと母は照れくさそうにぼやいた。
「でもねえ、おばあちゃん、ひとつだけおじいちゃんに文句言われてたよ」
「え?」
「ほら、例の指輪」
言われて思わず、あっと息を呑んだ。母がすかさず自分の顔の横に手の甲を挙げてみせる。その指に、見覚えのある宝石が煌めいていた。
「それっ!」
「うん。莉音が持たせてくれたやつ」
母は嬉しそうに言った。
「これね、おばあちゃんにずっと偽物だと思われてたのが、おじいちゃんには不本意だったみたい。君と生まれてくる子供のためを思って贈ったものなのにって拗ねてた」
「え、それでばあちゃんは?」
「まさか、こんな色のダイヤがあるなんて思わないじゃないかって、逆に怒り返してた」
母は苦笑を漏らしながら肩を竦めた。
「だからきっと、なにも知らない小娘だと思って、いいように騙されたんだと思ってたって」
「おじいちゃん、ちょっと可哀想だね」
莉音も母と一緒になって苦笑した。
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