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プロローグ(4)
「でもそれ、本物だったんだって。僕、なんにも知らないでとんでもないことしちゃったから、事実知ったとき心臓飛び出るかと思っちゃったよ。ほんとにどうしようって、パニックになっちゃった」
「ごめんねぇ。あたしのせいだよね。あたしがこれ、さんざんお気に入りだって言ってたから、あたしに持たせてくれたんでしょ? おじいちゃんも、あたしが持って来ちゃったの見て腰抜かしそうになってた」
「だって、男の僕が持っててもしょうがないし、母さんに似合ってたから。それにいま見ても、やっぱり母さんがしてるほうがいいなって思うし。さすがにそんなすごいものだったなんて知らなかったからできたんだけどね」
「うちにそんなとんでもないお宝があるなんて、思わないもんねえ」
苦笑いする母に、莉音は何度も大きく頷いた。
「でもさあ、この指輪があったら、莉音も生活に困ることなかったのにって思ったら、すごく申し訳なくて」
「えっ、そんなことないよ。だって、おじいちゃんの遺言の件がなかったら最後まで指輪の価値知らないままだったし、逆に知ってたら怖くて、あのまま持ってられなかったと思う。たぶん、アルフさんに頼んで、おじいちゃんの家族に返してもらってたんじゃないかな。っていうか僕、指輪のこと、アルフさんに話してあるから向こうにも伝わってると思うんだけど、よく訴えられなかったよね」
まあ、あれはおじいちゃんがおばあちゃんに贈ったものだから、と母はいささか申し訳なさそうに言った。
「さすがに事情知っちゃうと気が咎めるけどね。でも、あちらはあちらで変に騒ぎ立てて世間の注目集めるのは体裁が悪いって考えたんじゃない? あとはあんたのカレも、あいだに入っていろいろとりなしてくれたんだと思うし」
「そうだよね」
頷いた莉音に、やっぱり素敵な人だねぇと母は目を細めた。
「自分が見込んだだけのことはあるって、おじいちゃんも嬉しそうだったよ。まあ、さすがに孫娘じゃなくて、もうひとりの孫とくっつくとは思わなかったって驚いてたけど」
母はおかしそうに笑った。
「でも、ふたりが幸せならそれでいいって、おじいちゃんも言ってた」
「ほんとに? あの、アメリカに行くことがあったら、おじいちゃんのところにも会いに行くからって伝えておいて」
「わかった、ちゃんと伝えておくね」
夢が終わりに近づいてきている。
なぜかはわからないけれど、不意にそんな気がして切なくなった。
「母さん、今度はばあちゃんや父さん、おじいちゃんとも会える? 母さんも一緒に、みんなで」
莉音の問いかけに、母は笑みを深くする。
「ねえ、母さん、また会いに来てくれるよね?」
「莉音、幸せになりな。これからもずっと見守ってるからね」
「母さんてば! また会えるよね?」
「大丈夫。あんたには、ちゃんとあんたを愛して、守ってくれる人がすぐそばにいるんだから」
「母さん……」
優しく抱きしめられたはずなのに、なぜか気配が遠くなっていく。
――莉音、たくさん愛して、愛されて、幸せになりなさい。自分を大切にしてくれる彼の優しさに感謝して、注いでもらった以上の愛情を返すのよ。わかった?
うん、うんと何度も頷く。
――大丈夫。ちゃんと見守ってるからね。これからも、ずっと……。
ひさしぶりに会えて、いっぱい話せて嬉しかった。母の気持ちも聞くことができて安心した。だけど、別れは切ない。目を覚ましたくない。このままもっと、一緒にいたい。
年甲斐もなく、小さな子供のように泣きじゃくってしまう自分がいる。
その躰を抱きしめて、愛おしむように頭を何度も何度も撫でられた。
母さん。母さん。母さん……。
ごめんね、親孝行できなくて。ごめんね、いっぱい心配かけて。
僕、頑張るから。ちゃんと安心してもらえるように、胸を張って自慢の息子だって言ってもらえるように。
――莉音、いい子だね。大好きだよ。あたしの宝物。
うん、僕も。生んでくれてありがとう。会いに来てくれて、ありがとう。
母さん……母さんっ!
『……おん……、り…ぉん……』
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