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プロローグ(5)
「莉音!」
肩を揺さぶられて、莉音はハッとした。すぐ目の前に大好きな恋人がいて、心配そうに覗きこんでいた。
「……アルフ、さん?」
「どうした? 悲しい夢でも見たか?」
「夢?」
瞬きをした途端、瞳から涙が溢 れて零 れ落ちた。同時に、大きくしゃくりあげる。
ああ、夢の中だけでなく、実際にも大泣きしてしまったんだと恥ずかしくなった。
「ごめん、なさい。あの、大丈夫です。母さんが、夢に出てきて」
途端に目の前の端整な貌 が、痛ましげに歪んだ。そしてそのまま、ひろい胸に引き寄せられて抱きしめられる。
「そうか。無理もない、まだたった半年なんだから」
優しい声が耳もとで響いて、慰めるように背中と頭をポンポンと叩かれた。
ひろくて、あたたかくて、恋人の腕の中はとても安心できる。莉音は素直に甘えた。
「ごめんなさい、起こしちゃって。それにこんな、子供みたいに泣いちゃって」
「かけがえのない存在を喪 くしてしまったのだから当然だ。我慢しなくていい。お母さんのかわりにはなれないけれど、莉音が独りで悲しみに耐えることがないよう、できるだけそばにいよう」
「ありがとう、ございます……」
莉音はもぞもぞと起き出して、枕もとのボックスティッシュで洟 をかむとベッドサイドのゴミ箱にそれを捨て、もう一度恋人の腕の中に戻った。それから泣き腫らした顔でえへへと笑う。
「母さん、アルフさんのこと、イケメンだって言ってました。それからすごく優しくて、素敵な人だねって」
「そうか」
「あと指輪も、ちゃんとしてました。あっちでおじいちゃんにも会えて、母さんが指輪持って来ちゃったから、すごく驚いてたって」
莉音は思いつくままに夢の内容をつらつらと語る。ヴィンセントは穏やかに相槌 を打ちながら、その話に耳を傾けてくれた。
背中をポン、ポンと一定のリズムで叩く掌の感触が心地いい。小さな子供のように甘えて、安心して、いつしか莉音は、あたたかな恋人の腕の中でふたたび眠りに落ちていった。
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