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第2章 (3)

「おっ、おじいちゃ……っ」 「おまえたち、なにしよん!?」  祖父の声に、莉音はビクッとした。 「おじいちゃん、あの……、あの、これは……」  急激に心臓が早鐘を打ちはじめて、全身から冷や汗が吹き出した。  ――どうしよう、見られてしまった。  なにをどう言えばいいのかわからなくて、上手く言葉が出てこなかった。 「武造さん、驚かせてしまって申し訳ありません。じつは私と莉音は――」 「あんたは黙っとっちくりい!」  断固とした様子で祖父は声を張り上げた。その顔が、赤く染まっている。たったいま目にした出来事が、信じられないといった様子だった。 「莉音、いったいこりゃあ、どげなことや!? なんであげなこつぅしとった!」 「あの、だからそれは……」  周囲にも聞こえてしまうのではないかと思うほど、心臓が激しく鳴っていた。 「黙っててごめんなさい。僕、ほんとはアルフさんと――」 「アル――ヴィンセントさん、あんたまさか、金に物言わせて、うちん孫によからん関係強要しちょんのやなかろうな?」 「おじいちゃんっ!」  祖父の口から発せられたとんでもない言葉に、莉音は目を()いた。 「そんなわけない! アルフさんがそんな人じゃないってこと、おじいちゃんだって知ってるでしょ?」 「いまんありゅう見ち、信じろちゅうほうがおかしかろう!」  祖父は声を荒らげた。 「外国から来ち、こげな立派な成功おさめち、若えにぃたいしたもんだち思うとったけんど、とんだ勘違いやったごたん。すっかり、だまくらかされっしもうた」 「なん…で……」  莉音は茫然と呟いた。 「なんでそんな言いかたするの? この一週間、おじいちゃんもアルフさんがどんな人か見てきたでしょ!?」 「莉音」  ヴィンセントが割って入ろうとしたが、莉音はそれを振り切った。 「さっきのあれは、僕からアルフさんにしたことなのに!」 「なんやと?」 「莉音っ」 「僕……、僕、アルフさんとお付き合いしてます。黙ってたのは悪かったけど、そんな簡単に受け容れてもらえることじゃないってわかってるから言えませんでした。でも、いつかおじいちゃんたちにも打ち明けられたらいいなって思ってた。この一週間、すごく楽しくて嬉しかったから。アルフさんは僕とおじいちゃんたちのために、これ以上ないほど心のこもったもてなしをしてくれて、おじいちゃんたちも、とても喜んでくれてたから。だから僕――」 「莉音、いま、なんち言うた?」  祖父の声に、莉音は言葉を途切れさせた。 「付き合うちょん? そう言うたんか? どげなことや。おまえもそん()も、男同士やろうが」 「そうだけど、でも僕たちは真剣に――」 「なにゅ言いよん。男同士じ付き合う? そげな非常識、(まか)りとおるわけなかろうが!」 「おじいちゃん!」 「莉音、おまえはこん男にだまくらかされちょんのや。いいように(いいごつ)(そそのか)されたに決まっとる。でなかりゃあ男同士なんてそげな気色悪ィこと、あるわけもねえ」  祖父に投げつけられた言葉に、大きく息を喘がせた。  気色悪い。そのひと言は、どんな心ない言葉よりも深く莉音を傷つけた。  ただ人を好きになって想い合うことを、なぜここまで否定され、(そし)られなければならないのか。  真面目に生きてきた。社会に貢献して大きな影響を与えるような特別な才能や資質には恵まれなかったけれど、だれかを害したり、人の道にはずれることもなく、ごく平凡に、地道に暮らしてきた。  はじめて好きになった人が同性で、その人と気持ちを通わせ合った。ただそれだけだった。  後ろ指を差されるようなことはなにもしていない。それなのになぜ……。

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