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第3章 第1話(5)
「あちいけん、気ぃつけち帰りなさいちゃ」
「はい。おじいさんもお気をつけて。本当にありがとうございました」
莉音はもう一度頭を下げて、来た道をとって返した。
来るときはゆるやかな下りだったが、重い荷物を抱えた上りの戻り道は意外に足に堪える。なにより、気温がさらに上昇して汗が噴き出し、額や首筋、背中を流れ落ちていった。それでも、さっきまで鬱々としていた気分がやわらぎ、心が軽くなっていた。拗 れていた祖父との関係が、思っていたより、ずっと堪えていたのだと実感した。おそらくそれは、祖父のほうでもおなじだろう。
「ただいまぁ! 開けてぇ!」
ようやく祖父母の家にたどり着き、玄関のまえで声を張り上げると、中からバタバタと賑やかな足音がした。三和土 に降りる気配がして、ガラッとドアを開けた向こうから祖母が顔を出した。隣家から帰っていたらしい。大荷物を抱えた汗だくの莉音を見て、目をまるくする。
「あれまあ、そげえ汗びっしょりになっち、どき行っちょったんやなあ」
「ちょっと散歩」
莉音は笑った。
「あのね、この野菜、まえの道下ってったところにある畑のおじいさんにいただいちゃった。おばあちゃんたちが東京に来てたあいだ、畑の世話してくれてたって言ってた」
「ああ、ほいだら田中ん達夫さんやなあ」
祖母の口から出た名前に、やはりそうかと思った。祖父母の会話でよく耳にする名前だったからだ。
「あのね、おばあちゃん、このあと、お勝手借りてもいいかな。せっかく新鮮な野菜いっぱいいただいたし、いろいろ作って田中さんのおじいちゃんちにもお裾分 けできたらなって思うんだけど」
遠慮がちに莉音が切り出すと、祖母はたちまち相好 を崩して何度も頷いた。
「いいよいいよ、好きなだけ使うちくりいな。それやったら材料も足らんやろうけん、買い出しにも行かにゃーいけんねぇ。達夫さんも喜ぶちゃ」
「ほんと? ありがとう。じゃあ僕、ちょっと汗流して着替えてくるね。田中さんのおじいちゃん、嫌いなものとかあるかな? ご家族は何人だろ」
「達夫んところは嫁さんと息子夫婦んふたりん四人や。みんな、なんでん食う」
莉音と祖母の会話が聞こえていたのか、居間から顔を出した祖父がぶっきらぼうに言った。一瞬身構えた莉音は、けれども、すぐに頷いた。
「わかった。じゃあ、いろいろ作ってみるね。すごくたくさんもらったから、おじいちゃんからもお礼言っておいて」
祖父は渋い顔のまま「おう」とそっけなく答えて居間に引っこんだ。それを見た祖母が、小さく笑う。莉音と目が合うと、
「おじいちゃん、ずっと莉音ちゃんのこと、どこまで行ったんやって心配しちょったんちゃ」
と小声で囁いて笑いを噛み殺した。意地っ張りやなぁとあきれたように言うので、莉音も笑ってしまった。
「あの、それじゃあ僕、シャワー浴びて着替えてくるね。そしたら買い物、お願いします」
「はいはい。町んスーパーでいいかね」
「うん、大丈夫」
軽やかに言って、莉音は抱えていた段ボールを台所に運ぶと、着替えを持って風呂場に向かった。
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