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第5章 第2話(2)

「家に帰ってからネットで検索して、見つけられるかぎりの記事を読んだけど、書かれてる内容は事実じゃないってことがわかった。あそこに書かれてるのは、全部嘘」 「やったら、あん写真はなんやっ」  祖父はもう一度テーブルを叩いた。 「莉音、おまえはあん男に(たぶら)かされち、いいごつ言いくるめられちょんけん、そげなふうに思うんや。いい加減、目ぅ覚ませ!」 「覚めてるよ。大丈夫、僕、ちゃんと冷静に状況を判断してるから」 「そげなわけあるかっ。完全に(まど)わされちょんやんか!」  祖父は断固として言い張る。そんな祖父を、莉音はじっと見つめた。  祖父の目に自分は、ヴィンセントにいいように弄ばれ、溺れきっているように見えるのだろう。  盲目的に相手に焦がれるあまり、現実が見えなくなっている愚かな恋の信奉者……。 「おじいちゃん、東京に来てアルフさんと過ごしてみて、どう思った?」  莉音は努めて(しず)かに尋ねた。 「最後の日にあんなことになっちゃったから、それこそ公正な判断するの難しいかもしれないけど、一緒にお酒飲みながらいろんな話して、おじいちゃん、すごく楽しそうだったよね」 「そりゃあ……っ」 「アルフさんもね、とっても楽しそうだった」  莉音はそのときのことを思い出すように目を細めた。 「おじいちゃんたちが来てくれてたあいだ、毎日早く帰ってきてくれてたでしょう? おじいちゃんもアルフさんと一緒に晩酌するの、楽しみにしてくれてたけど、アルフさんもおじいちゃんといっぱい話したくて、早めに仕事切り上げてくれてたんだと思う」  祖父はなにか言いかけて、結局黙りこんだ。 「仕事のこととか日本に来るまえのアメリカでの話とか、僕のことや父さん、母さんの話。いろんなことを話してみて、いい人だなって思わなかった? 優しくて誠実で懐が大きくて。学生時代に()ち上げた会社も、異国の地で大きく成長させて成功をおさめてる。それなのに全然偉ぶらないし、鼻にかけないし、相手のこともつねに思いやってくれる。おじいちゃんも何度も言ってたよね。立派な人だって」 「やけんそりゃあ、あん男にだまくらかされちょったけん――」 「うううん、騙されてないよ。おじいちゃんが見たまんま、あれが本当のアルフさん」 「やけんそれがっ」 「アルフさん、いつも穏やかだったでしょ? 僕にもすごく優しかったと思わない? あれね、おじいちゃんたちのまえだからとかじゃなくて、出逢ってからずっと、ああなんだよ? うううん、むしろ、おじいちゃんたちのまえでは遠慮して控えめだったくらい」  言って、莉音はフフフと含み笑いを漏らした。 「おじいちゃんたちがいないところでは、あれよりもさらに優しくて、当の僕が、さすがに甘やかしすぎなんじゃないかなぁって思っちゃうくらい大事にしてくれてた」 「そん……っ」  言いかけた祖父の腕を、祖母が無言で引いた。祖父は黙りこんだ。 「僕ね、母さんのことがあって学校も中退したから、資格もなんにも持ってない。新年度がこれからはじまるっていう中途半端な時期で、仕事も全然見つからなくてっていうときにアルフさんと出逢ってるけど、アルフさんはそんな僕を迎え入れて、これ以上ないくらい大切にしてくれた。おじいちゃんは僕がアルフさんに騙されてる、誑かされてるって言うけど、逆の立場ならともかく、あんなになんでも持ってていろんなことに恵まれてる人が、僕みたいになにもない人間を騙す必要、ないと思わない?」 「やったら、こん記事はなんや!」 「うん、だからここに書かれてることは事実じゃないんだよ」  莉音はきっぱりと言った。

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