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第6章 第1話
「莉音せんせ~! これでおしまいなん、メッチャ寂しい~っ!」
最終日、締めの挨拶をして一週間つづいたイベントが終了になると、いつもの女子高生グループが賑やかに走り寄ってきた。今日は彼女たちに加えて顔馴染みになったリピーターの参加者も莉音の許へやってきて、一緒に別れを惜しんでくれる。莉音自身も、思っていた以上に寂しく感じられた。
「ほんとに楽しいイベントやったわ。最初はちいと暇潰しに、ぐらいん感じやったんだけんど、先生、教えかたも褒めかたも上手やけん、すごく 楽しかったわ」
「ほんとほんと。予約取れんかった人 が見学に来るなんて、はじめてちゃ。まあ、そげなあたしも、二回くらい見学にまわされた口なんやけどなぁ」
「なんか、すみません。僕にもう少し余裕があれば、皆さんに参加していただきたかったんですけど……」
全部はじめてのことだらけで、いっぱいいっぱいになってしまってと莉音が謝罪すると、皆、気にすることはないとおおらかに笑った。
「先生に余裕があってん、会場に余裕がなかったんやけんしかたねえわ。定員いっぱいん参加人数やったんやけん」
「見学者にもレシピ配っちくれたし、ただ見よんだけでん充分楽しかったわ」
「先生、後ろん人 たちにも結構声かけち、説明しちくれたしね」
みんなイケメンに声かけられち、メロメロやったわ、と口々に笑いあった。
「本当に、僕にとってもいい勉強になりました。ただ料理が好きっていうだけの素人なのに、皆さん、あたたかく受け容れてくださって」
「先生は充分『先生』ちゃぉ! ユナ、すごい勉強になったし、参加して よかってん思うもん」
「本当? ありがとう」
「あ~ん、先生、東京帰っちしまうん寂し~! 大分残っち、月一とかでいいけん、料理教室やっちほしいっ」
「先生、いつ帰るん? もう予定は決まっちょんの?」
「一応、来週くらいには帰ろうかなって思ってます。イベントも無事終わったので」
「あら~、ほいだらもうすぐなんね」
そりゃあ寂しゅうなるわぁと、常連だったご婦人方も一緒に残念がってくれた。
「あたし、東京ん大学進学するっ。ほいだら先生、東京案内してね」
「ずるい! やったらあたしも東京じ就職するぅ」
女子高生たちに囲まれて騒がれる様子を見て、「先生、モテモテやなぁ」と皆、笑っていた。
やってみて本当によかったと、あらためて思う。優子から頼まれたとき、少人数相手の小規模な企画だと思っていたが、それでも自分に務まるだろうかと半信半疑だった。それがいざ蓋を開けてみれば、想像を遙かに超える規模のイベントで、日を追うごとに反響が大きくなっていった。その結果、三日目の教室が終わったあとにインタビューを受けることとなり、その記事は、来月の市の広報紙に掲載されるのだという。
とにかく必死で走り抜けた一週間。
大分に来た当初、自分を見失いかけていた莉音にとって、こんなにも濃密で豊かな時間が過ごせるとは思いもしなかった。
有名モデルとヴィンセントの熱愛報道がされたことで、自分たちの関係についてもあらためて考えることができたし、祖父母にも、自分の思いを伝えて拗れた関係を修復することができた。
これから自分がすべきこと、どうしていきたいかについても、今回の件を通じて漠然とした希望から明確な目標へと認識しなおすこともできた。
ヴィンセントには昨夜、祖父母と話をしたあと、部屋に戻ってからメッセージを送った。
『アルフさん、ずっと返信しないでごめんなさい。
大分に来てからずっと、自分がこれからどうすべきなのかを考えていました。
なかなか結論が出なくて、おじいちゃんとも気まずいままでしたが、自分の中でようやく納得できる答えを出すことができました。
僕はいま、市が開催するイベントの料理教室で講師をしています。本来担当される予定だった料理研究家の先生が体調不良になってしまったため、その代理を務めることになりました。
一週間つづいたイベントも、明日で終わります。おじいちゃんたちとも、きちんと将来を見据えた話をすることができました。それから週刊誌の記事も見ましたが、なにが真実か、僕はわかっているつもりです。
アルフさんと話したいことがたくさんあります。イベントが終わっていろいろ落ち着いたら、東京に帰ろうと思います。飛行機の予約が取れて帰る日程が決まったら、またあらためて連絡しますね。
いっぱい心配かけてごめんなさい。もう少しだけ、僕に時間をください』
時間をかけて長い文章を打ちこみ、送信した瞬間に既読がついた。だがそれっきり、ヴィンセントからの反応はなかった。
今日もまだ、返事は来ていない。
ヴィンセントはいま、なにを思い、どうしているのだろう。
「莉音せんせ~、これ、うちらから餞別」
「東京帰っちからも、うちらんこと、忘れんでね」
可愛らしい花束やプレゼントの袋を差し出されて莉音は戸惑った。
「え、そんな……。いただくわけには……」
「いいやん、先生んはじめてん生徒たちからん感謝ん気持ちちゃ。受け取ってよ」
「そうよ先生、せっかくなんやけん、受け取っちあげな。まあ、そげなあたしも、先生にお土産ち思うち、お菓子買うちきたんやけど」
みんな考ゆるこたあ一緒やなぁと、莉音を取り囲む輪のあちこちから、さまざまな包みや袋が差し出された。
「ありがとうございます、皆さん。すごく嬉しいです。こんなにしていただいて……」
「あ~、先生、ちいと泣きそうになっちょん!」
「そっ、そんなことないよっ?」
「ウソウソ、目ェ潤んじょんし!」
「もう、やめてくださいっ。恥ずかしいからっ」
「先生、メッチャ可愛い~」
イベントの終了と別れを惜しんでくれる人たちと笑い合いながら、莉音は遠く離れた恋人をひそかに想った。
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