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第7章 第3話(1)

 ヴィンセントが車を向けたのは、イベント会場から五分ほど移動したところにあるレストランだった。  大通りから一本奥に入った、繁華街の裏手にある隠れ家的店構え。 『Un Départ(アン・デパール)』  ヴィンセントの言うとおり、本当にすぐ近くの場所だったが、それが逆に気になった。  やはりこれから食事をするということなのだろうが、目的地は最初からさだまっていたように思う。祖父の家からイベント会場まで往復する中で、莉音も表の大通りは毎日通ってきたが、その裏手にこんなお店があることはまったく知らなかった。  ヴィンセントはなぜ、このお店を知っていたのだろう。  不思議に思いつつ車を降りると、おなじく運転席から外に出たヴィンセントは、なぜか正面のエントランスではなく、店の裏手に向かった。 「アルフさん?」  驚く莉音に、ヴィンセントはこっちだとうながした。 「あの……?」  急いでついていった莉音の目の前で、ヴィンセントはスタッフ専用出入り口と思われるドアをノックした。  どういうことだろう。  首をかしげるまもなく、すぐにドアが開かれる。中から現れた人物に、莉音は愕然とした。 「来たわね、待ってたわよ」  満面の笑みでヴィンセントを出迎えた人物――それは、週刊誌で熱愛を報じられたモデル、茉梨花(まりか)だった。 「遅い時間にすまない。これからでも大丈夫だろうか?」 「もちろん、まだ営業時間中だしね。さ、どうぞ入って」  ヴィンセントを建物の中へうながしたその目が、不意に背後にいた莉音に留まる。一般人とはあきらかに華やかさが異なる美女。  目が合った瞬間、莉音はビクッとした。 「あなたがアルフのハニーちゃんね! お噂はかねがね。やだ、ほんと、すっごい可愛いっ!」 「えっ? あの……?」 「さ、どうぞ、入って入って! ずっと待ってたのよ。会いたかったわ。やだもう、想像以上の美少年でテンション上がっちゃうっ」  ウキウキと言われて、莉音は戸惑った。その肩に手を置いたヴィンセントが、やれやれと苦笑する。 「くわしいことは、中であらためて」 「あ、はい」  なにがなんだかわからないまま、とりあえず莉音はヴィンセントとともに建物の中に入った。ドアの向こうはやはりスタッフルームで、壁ぎわにロッカーが並び、休憩用の小さなテーブルとパイプ椅子が数脚置かれていた。 「ごめんなさいねえ、裏から入ってもらっちゃって。表からだとアルフは目立ちすぎるから」 「それは君だっておなじだろう」 「あら、あたしが目立つのは当然よ。それが仕事なんだから」  てっきりそこで話すのかと思えば、茉梨花はそのスタッフルームの奥にあるドアを開け、店のほうへと移動する。莉音たちを先導しながら廊下を進み、途中に現れた階段を上っていった。 「二階は予約客専用の個室なの」  説明しながら示した先に、三つのドアが並んでいた。今日は予約が入っていないのか、いずれも無人のようだったが、茉梨花は一番奥の部屋にふたりを案内した。 「さあ、これでゆっくり話ができるわね。どうぞ座って」  うながされたヴィンセントが四人掛けのテーブル席の奥に座ったので、莉音もよくわからないまま、その隣に座った。茉梨花が、その目の前に座る。テレビや雑誌で見ていた芸能人とおなじ空間にいることが、いまだに信じられなかった。  いったいこれは、どういう集いなのだろう。  思ったところで部屋のドアがノックされ、男性スタッフが現れた。 「アルフは食事は、これからよね?」 「ああ、だが時間も時間だ。軽めでお願いしたい」 「わかったわ。じゃあ、単品でお任せをいくつかってことにしましょう。ハニーちゃんは?」  唐突に振られて、莉音は戸惑いながら口を開いた。 「あの、僕はもう済ませてきたので」 「あら、だったらあたしと一緒に食後のデザートは如何? クレープシュゼットなんてどうかしら。ここのは絶品なのよ」 「あ、はい。それでしたらぜひ、お願いします」  茉梨花は慣れた様子でオーダーを済ませると、男性スタッフが退室したところで莉音に向きなおった。

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