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第7章 第2話(2)

 達哉はすでに助手席に乗りこんでおり、男性職員が屈んでシートベルトを装着させている。 「それじゃあ莉音ちゃん、あたしらはこれで帰るね。太田くんもありがとう。重かったやろ。ふたりとも気ぃつけて帰ってね」  運転席に移動する優子を、莉音は呼び止めた。 「あ、優子さん、明日、達哉さんは何時ごろご出発の予定ですか?」  莉音の問いかけに、優子は首をかしげた。 「え~、何時やったやろ。たしか九時ごろって言いよったかな」 「わかりました。じゃあ僕、それくらいにお宅にお邪魔しますね。お見送りしたいので」 「あら、ほんと? そりゃあ達哉も喜ぶわ。ありがとうね」  いいえ、とんでもないと莉音は首を振る。優子は運転席に乗りこんで車のエンジンをかけると窓を開け、お疲れさまと挨拶して車を発進させた。助手席で達哉も手を振っているが、その目は半分閉じていた。 「明日、二日酔いになっちょらんといいなあ」  車を見送りながら男性職員が呟く。莉音はほんとですねと同意し、同僚と二次会に向かうという彼とも挨拶を交わすと、その場で別れた。  車で待っているということだったので、ヴィンセントも敷地内にいるだろうと駐車場を見渡すと、莉音がひとりになったタイミングで奥の車から出てくるシルエットがある。街灯の薄明かりで顔までははっきり見えないが、均整の整った長身は、ヴィンセントで間違いなかった。 「アルフさん、すみません。お待たせしました」  莉音が駆け寄ると、ヴィンセントは「すごい量の荷物だ」と笑いながら手を伸ばし、莉音が両腕に抱えているプレゼントの山をすべて引き受けてくれた。生徒たちからもらった贈り物に加え、地域振興課からもお礼の花束と菓子折りが用意されていた。 「料理教室は、大盛況だったようだね」  車に向かいながらヴィンセントに言われ、莉音ははいと頷いた。 「最初、地域のお年寄りが何人か参加する程度のちょっとしたイベントだからって言われてたんですけど、実際に会場に着いたら全然小規模じゃないし、参加者もどんどん増えていくしで、毎日必死でこなしているうちに一週間が終わってました」 「待っているあいだ、公式サイトやSNSでアップされている写真や動画を見ていたんだが、とても生き生きとして、素晴らしい講師ぶりだった」 「職員の皆さんや、生徒さんたちが協力してくれたおかげです」  はにかむ莉音に、ヴィンセントは穏やかな眼差しを向けた。 「これが私の恋人なのだと、誇らしかった。写真も動画も、どれだけ見ても見飽きることがない。この贈り物の量を見れば、参加した人たちがどれほど楽しんだか、充分想像がつく。できれば私も、その場で莉音の活躍ぶりを見たかった」  間に合わなかったのが残念だとヴィンセントは無念そうに言った。 「ところで、このあとなんだが」  車に到着して後部座席に荷物を置いたところであらたまったように言われ、助手席のドアを開けかけた莉音はその手を止めた。ヴィンセントにうながされ、とりあえずそのまま運転席と助手席にそれぞれ乗りこむ。シートベルトを締めて出発の準備が整ったところで、ヴィンセントは口を開いた。 「このあと帰るまえに、ちょっと寄り道をしたいところがあるんだが、付き合ってもらってもいいだろうか? ここからすぐのところなんだが」 「寄り道ですか? いいですよ、もちろん」  一瞬どこだろうと思ったが、ひょっとしたらまだ、食事をしていないのかもしれないと気がついた。  時刻は八時過ぎ。  律儀な恋人は、疲れているのにすまないと申し訳なさそうに言うが、それはむしろヴィンセントのほうだろう。午前中にアメリカから羽田に到着したばかりだというのに、そのまま大分行きのチケットをとり、九州までやってきてレンタカーで祖父の家を訪ね、さらには莉音のいるイベント会場まで足を伸ばしてくれたのだから。  自分だったらくたくたで、なにもできないかもしれないと思うのに、ヴィンセントは疲れた様子も見せず、しっかりとハンドルを握っている。 「あの、アルフさん、今日泊まるところは?」  気になって尋ねると、ヴィンセントは車を走らせながら問題ないと応えた。 「大丈夫、手配はしてあるから」 「宿の予約、取れたんですか?」  お盆明けとはいえ、夏休み真っ只中である。即日で部屋の空きはあったのだろうかと心配になった。だが、ヴィンセントは本当に大丈夫だと言う。 「寄り道をすることは武造さんたちにも伝えて了承を得ているが、なるべく遅くならないようにすると約束しよう」  いろいろ訊きたいことはあったが、莉音はひとまず、はいと頷くに(とど)めた。

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