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第7章 第2話(1)
打ち上げは、莉音がレストランに戻って三〇分ほどで終了した。
先に戻っていた達哉は、それまで自分は運転手だからと飲酒を控えていたのだが、いつのまにかテーブルに置かれていたビールや焼酎の残りを飲み干し、さらには日本酒を追加注文するなどして、お開きになるころには完全にできあがっていた。
「ちょっと、あんた! いつんまにそげえ呑んだんよっ。莉音ちゃん送る最後ん日やけんって、さっきまでウーロン茶やったじゃねえ!」
真っ赤な顔でふらつく息子を同僚の男性職員と支えながら、優子は呆れたように言った。
「まったく、こげえベロベロになってしもうて、どうすんのよっ。明日、大阪戻るるんやろうね? それよりも莉音ちゃん送るん、どうすんのちゃ! あんた、それじゃ運転、無理やろ」
「らいじょ~ぶ! しょわねえ、しょわねえ。莉音くんはぁ、ちゃあんと送っちくるる人 がおるけん~。ゼェンゼンッ、いっちょん問題ありませぇん!」
「なに言いよるん、こん子は!」
優子は息子の背中をバチンとひっぱたいた。達哉は痛えとケラケラ笑う。
「あの、達哉さん、大丈夫ですか?」
莉音が近づいて声をかけると、優子は困った顔をした。
「あ~、莉音ちゃん。ごめんねえ、なんかうちん子、いつんまにかこげえ酔っぱろうてしもうて。明日大阪戻るっちゅうとにねえ。しょうもない。きっと、お別れするんが寂しゅうなってしもたんやと思うわ。あ、でも心配せんで。あたしも念んためって思うて呑まんかったけん、莉音ちゃんのことは、ちゃんと送っちゃんけん」
「あ、いえ、僕は……」
「母ちゃん、やめやめっ! 莉音くんには今日、帝王……ん? あれ? ホテル王? なんかなし、白馬ん王様んお迎えが来ちょんけん、俺たち下々 ん者がしゃしゃり出るわけにはいかんのちゃ。お邪魔虫は退散せなな」
優子は「はあっ?」と声をあげた。
「あたしらが送らんで、だれが莉音ちゃんを送っちゃんのちゃ。ホテル王? 白馬ん王様? 意味わからんわ。あんたほんと、大概にしちょきよね。仕事でん、こんげ酔うぱろうちょるんじゃねえやろうね? みっともねえ!」
「仕事でぇ? モーマンタイ、モーマンタイ。俺はデキ る営業マンやけん」
ヘロヘロと笑う達哉に、優子は息をついてかぶりを振った。
「いいけん、まっすぐ歩きなさい! 言うちょくけんど、あんた、車で吐いたりしたら承知せんけんねっ」
言ったあとで、「太田くん、ごめんねえ」と一緒に達哉を支えてくれている同僚に詫びる。男性職員は「いいちゃ、いいちゃ」と笑った。
「若ぇ者ん特権やね。こげえしち酒ん飲みかたおぼえちいくんちゃ。俺にもおぼえがあるなぁ」
達哉は両側を支えられ、鼻歌を歌いながら千鳥足で駐車場に向かう。その後ろを黙ってついていった莉音は、車に到着したところで思いきって声をかけた。
「あの、優子さん、すみません。このあとの帰りなんですけど」
同僚に達哉を任せて鍵を開けていた優子が振り返った。
「じつは東京から会いに来てくれた人がいて、いま、近くで待っててくれてるんです。だから僕、今日はここで失礼できればって思うんですけど」
優子は、え?という顔をした。
「さっき打ち上げの途中で、最後の見納めにってキッチンスタジオ見にいったときに、ここまで来てくれたことを知って。そのときにちょうど、達哉さんも居合わせてたので……」
説明を聞いた途端、優子は腑に落ちた様子で同僚に支えられている達哉を見た。
「あ~、そうか。なるほど、そげなこと」
「すみません。ずっと僕のために送り迎えしてくださってたのに、最後にこんな」
「いいん、いいん、気にせんで。莉音ちゃんにお願いしたんなあたしなんやけん、送り迎えすっとは当然やし。うちん子ほんと、莉音ちゃんのこと大好きやけん、取られてしもたって思うたんかもね」
まったくしょうがない、と優子は笑った。
「じゃけんど、わざわざ東京から来てくれたんやもん。ぜひ、そっち優先して。料理教室でん活躍ぶりやら、積もる話もあるやろ?」
ありがとうございます、と莉音は頭を下げた。
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