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第7章 第3話(3)
「いまのこの人にとって、あなたは最大のウィークポイントなの。もうね、先月ひさしぶりに再会したら、笑っちゃうくらい弱り果ててるんだもの。いったいなにごとかって思うじゃない? あ、彼とはね、北海道に新設したホテルのオープンセレモニーで会ったの。一年ぶりぐらいだったかしら」
そういえば取引先の会社が手がけたホテルのグランドオープンで、式典に招待されたというメッセージをもらっていた。
「月島リゾート。聞いたことがあるだろうか? 彼女は、その会社の代表取締役を務める月島社長のご息女なんだ」
ヴィンセントの説明を受けて、莉音は息を呑んだ。
泊まったことは一度もない。だが、そんな莉音でも知っている、高級ホテルチェーンの社長令嬢。
「やだ、そんな変に意識しないで。会社を経営してるのは父と兄たちで、あたしはひとり気儘 に好き放題やってる身だから」
茉梨花はヒラヒラと手を振った。
「ただねえ、こんなあたしでも宣伝の役に立つぐらいはできるじゃない? なにかあると必ず呼ばれるのよ。そんなわけでアルフもおなじ業界の人間だし、何度も顔を合わせてるうちに意気投合したの」
「そう、だったんですね……」
自分とは無縁の世界。
シャーロットのときにもさんざん思ったが、ヴィンセントは、そういう世界で成功をおさめる人間なのだと、あらためて思い知らされた気がした。
「莉音」
ヴィンセントが気にすることはないというように、膝の上に置いた莉音の手をそっと握った。それを見た茉梨花が、すかさず茶々を入れる。
「ほら、ね? 彼にとって大事なのはあなたひとり。目の前に衆目を攫 う人気モデルがいるっていうのに、まったく眼中にないんだもの。まったくやんなっちゃう」
思わず頬を赤らめた莉音に、茉梨花は、もっともそれはあたしもおなじなんだけど、と笑った。
「ハニーちゃん、いまのを見てもわかるとおり、この人はあなたのほんのわずかな表情の変化すら見逃さないほど、一途にあなたを想ってる。そのあなたを怒らせて、泣かせてしまったことをどれだけ後悔したことか」
「……え?」
途端にヴィンセントは気まずそうな様子を見せた。
「もちろん、感情を押し隠して平静を装うのは超一流よ。そのポーカーフェイスで数々の修羅場をかいくぐって、いまの地位まで登りつめたんだから。でも、あたしにはわかるの。この人とあたしは、似たタイプの人間だから。だからそういう意味でも気が合ったのよ」
もちろんただの友人として、と茉梨花は強調した。
ちょうどそこへ部屋のドアがノックされて、先程の男性スタッフが料理を載せたワゴンを運んできた。
ヴィンセントのまえに、サーモンとアボカドのカナッペ、トマトとチーズのマリネが置かれ、茉梨花と莉音には、オレンジの香りが豊かなクレープ、コーヒーが供された。
「さ、いただきながら話しましょ」
うながされて、ヴィンセントが食事をはじめるのと同時に、莉音もナイフで切り分けたクレープを口に運んだ。爽やかな酸味とまろやかな甘味、バターの風味が口の中にひろがる。
「どう? 美味しいでしょう?」
茉梨花に訊かれて、莉音はとっても美味しいです、と大きく頷いた。
「オレンジソースの酸味と甘さのバランスが絶妙で、クレープも卵黄のコクと風味がすごく利いてます。こんなに美味しいクレープ、はじめていただきました」
「でしょう? そうなのよね、ほんとに絶品なの。この味にやられちゃったのよ」
力説したあとで、茉梨花は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「ここのシェフ、あたしの恋人なの」
莉音は目を瞠った。ヴィンセントがこの店に莉音を連れてきた理由をようやく理解したが、そんな大事なことを聞いてしまってよかったんだろうかとあわてる。だが、茉梨花もヴィンセントも、落ち着いたものだった。
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