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第8章 第2話(1)

 祖父の家に戻ってヴィンセントの来訪を告げると、すぐに祖母が現れ、居間に通された。  部屋ではすでに祖父が待ち受けており、入室まえに軽く会釈(えしゃく)をして挨拶をしたヴィンセントは、祖母に勧められるまま、座卓を挟んで祖父の向かいに正座した。莉音もその隣に座る。 「この度は突然の訪問にもかかわらず、こうしてお話しする機会をいただきまして、ありがとうございます。それから私の軽率な行動によって、信頼を損ねるような騒ぎを起こしてしまったことについても深くお詫びいたします」  神妙に述べたヴィンセントは、祖父に向かって深々と頭を下げた。そのタイミングで隣の台所から入ってきた祖母が、ヴィンセントと莉音のまえに冷えた麦茶のグラスを置く。家のまえに車が停まった時点で用意してくれていたのだろう。  ヴィンセントは、祖母に向かっても頭を下げた。 「伺うのが遅くなりましたが、莉音との将来を真剣に考えていることを証明するにはどうすべきか、このひと月、私なりに考え、できるかぎりの準備を進めてきました」 無言で見据える祖父をまっすぐに見返し、ヴィンセントは静かに話し出した。 「まず、今日これからお話しすることを通じて我々の関係をお許しいただけるようでしたら、莉音とは正式に、パートナーシップの申請をしたいと考えています」  たったいま、はじめて聞かされる内容に、莉音は驚いてヴィンセントを見た。  ヴィンセントの立場で、そんなことをしてそれが世間に知られてしまったら、ただでは済まなくなる。そんな火種になりかねない不安材料は増やすべきではないと思ったが、まっすぐに祖父に向けるヴィンセントの眼差しに、微塵の揺らぎも見られなかった。 「申請が通ったとしても、同性の婚姻が認められていない日本では、その関係が法的に護られることはありません。いずれは日本国籍を取得して、養子縁組をするという手段もあるかと思いますが、そうするにはまだしばらくの時間がかかります。ですから、我が社の顧問弁護士を通じてこちらをご用意させていただきました」  言って、ヴィンセントは懐から一通の封書を取り出し、中の書類を祖父母に差し出した。 「私に、もし万一のことがあった場合、一般的な婚姻を結んだ配偶者と同等の権利を莉音が得られるよう、書面を作成しました。こちらを公正証書とすることで、我々の関係にも法的効力が発生することになります」 「アルフさんっ!?」  考えたくもない想定の話に思わず声をあげたが、ヴィンセントはわかっているというように莉音の手に自分の手を重ね、頷いた。そのうえでふたたび祖父母に向きなおる。 「むろん、これは死別を前提としたものではありません。生涯をともに生きる覚悟の証明と受け取っていただければと思います。書面の内容はあくまで現段階での草案ということになりますので、おふたりにもご確認いただき、莉音にも目を通してもらったうえで、気になる点や追加条項があるということであれば、ご要望に添うかたちで修正させていただくつもりです」  それから、とヴィンセントはさらにつづけた。 「今回の件では、武造さん、君恵さんを驚かせ、ご不快な思いをさせてしまったことを深く反省しております。当人同士の想いが通じ合っていればそれでいいということではなかったと、己の未熟さ、至らなさに恥じ入るばかりでした。武造さんがお怒りになるのも、もっともであったかと思います」  祖父は変わらず、ひと言も発することなくヴィンセントを見据えている。だが、その言葉に、真剣に聞き入っていることはたしかだった。

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