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第9章 第1話(5)
「今回はあの完全無欠なアルフも、なにをやっても空回りしまくるっていう悪循環に陥っちゃってるからね。スキャンダル報道を受けてアメリカから飛んで帰ってきたのはいいけど、羽田から会社に戻って対応策を詰める予定が、いざ空港まで迎えに行ったら全部僕に一任するのひと言で済ませて、本人はそのまま大分 に直行でしょ? その夜遅くに連絡が来たかと思えば、今度は家族分の航空券を取ったから、翌日の夕方の便で大分まで来い。宿の手配も済ませてあるって、僕らまで有無を言わさず呼び寄せられるっていう」
「なんかすみません」
ほんとにムチャクチャだよね、と呆れたように言う早瀬に、莉音は小さくなって謝罪した。ヴィンセントの急な予定変更の原因は、自分の送ったメッセージにあることが明白だったからだ。
「まあ、僕はアルフが帰国して、いろいろ落ち着いたら夏休み取る予定だったし、それが早まっただけだから全然いいんだけどね。飛行機代も宿泊費もアルフ持ちで、こうして宗太連れて、はじめての家族旅行もできてるわけだし」
マスコミや提携先の対応に追われる中、渦中のヴィンセントが不在ともなれば、第一秘書の早瀬まで抜けるのは相当大変だったことだろう。それでも早瀬は嫌な顔ひとつせず、こうして家族で駆けつけてくれた。そのことが、とてもありがたかった。
「早瀬さん、リサさん、本当にありがとうございます」
「いやいや、僕らは今回、出発のバタバタ以外は、いい思いさせてもらってるから」
ヴィンセントが取ってくれた宿は、部屋に露天風呂がついてるスイートだったそうだ。
「でも莉音くんはそうじゃなさそうだなって、ずっと気になってたんだよね」
そこで話が、当初の話題に戻った。
「なんか浮かない顔してるっていうか、顔色もよくなさそうだし」
「あ、いえ……」
「今日のこのパーティーって、ひょっとしてまた、アルフの独断だったりする?」
「あ、ち、違います!」
気遣わしげに問われて、莉音はあわてた。
「すみません、心配かけちゃって。あの、僕もちゃんと了承して、ふたりで決めました。そうじゃなくて、ちょっと緊張しちゃって」
「ほんとに? アルフがまたひとりで先走って、莉音くんの気持ち置いてきぼりにされたりしてない?」
「大丈夫です。アルフさんのおかげで、昨日やっとおじいちゃんとも和解できたので、ひとつの区切りとしてこういう場を設けていただくのは、とても嬉しいです。でも僕、いままで自分が主役になることってなかったから、心の準備がちゃんとできてなくて」
「あ~、ほんと急だったもんね」
はい、と莉音は頷いた。
「一昨日の夜まで、アルフさんが大分まで来てくれるなんて夢にも思ってなかったし、そこからさらにこういう展開になるっていうのも想像すらしてなくて」
「たしかに、びっくりだよね。僕らにとっても青天の霹靂 だったし。当事者の莉音くんならなおのこと、そう思うのも無理ないよ」
本当に、一昨日のいまごろはまだ料理教室の最終日で、調理の真っ最中だったのだ。二日後の自分がウェディングパーティーの主役になっているなど、どうして予想できただろう。
「実感が湧かないうちに当日になってしまって、こんなすごい衣装も用意してもらってるし、茉梨花さん担当のプロのヘアメイクさんまでつけてもらって、どうしたらいいのかどんどんわからなくなってきちゃって」
大丈夫だよ、と早瀬は目もとをなごませた。
「ウェディングパーティーっていってもごく内輪のものだし、みんなでちょっとおめかしして美味しいものを食べる、くらいの気楽な感じでいいと思うよ。衣装だって記念撮影用ものだし、そこまで気負わなくても平気なんじゃないかな。莉音くんはいま、僕らと話してて緊張してる?」
「あ、いえ、いまは……」
「でしょ? そこに莉音くんのお祖父さんとお祖母さんが加わって、茉梨花さんカップルも同席してっていう、お正月の親族の集まりくらいの規模じゃない?」
言われて、たしかにと思った。
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