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第9章 第1話(6)

「大丈夫。挨拶とかそういうのはみんなアルフがやるから、莉音くんは隣で豪華な料理を堪能して楽しんでくれてたらそれで充分だよ。いまのこの時間の延長、ぐらいにゆったり構えてて」 「そ、ですね……」  ちょうどそのとき、部屋のドアが開いた。 「ハニーちゃん、そろそろ支度できたぁ?」  入ってきたのは、華やかにドレスアップした茉梨花だった。その後ろには、先程のヘアメイク担当の女性もいる。茉梨花は、手前にいた早瀬がわきによけ、その向こうに佇んでいた莉音を少し離れたところから眺めると満足げに大きく頷いた。 「うん、いいじゃない。やっぱりこのデザインにして正解だったわ。清楚で可憐なハニーちゃんの容姿と雰囲気にぴったり。さすがアルフ、愛しい恋人を引き立たせるデザインをわかってるわね」  言いながら近づいてきて、とても似合ってるわよ、とにっこりとした。 「このタキシードね、アルフが選んだのよ」 「え? アルフさんが?」 「昨日、カタログのほかに現物も何着か用意して打ち合わせしたんだけど、ひと目見た瞬間に、これだ!って即決。ハニーちゃんの美貌を引き立たせるのに、これ以上のものは絶対ないからって」 「び、美貌……?」  業界トップクラスのモデルを相手に、ヴィンセントは本当にそんなことを言ったのだろうかと怯んでしまう。そもそもヴィンセント自身、ずば抜けて整った容姿の持ち主なのだ。そんな人たちに自分程度が敵うはずもないのにと変な汗が出てきてしまった。だが茉梨花は、満面の笑みを浮かべてもう一度頷いた。 「いいわ、すごく素敵。アルフと並んだら完璧な一対になるわよ」  早瀬のおかげでだいぶ緊張が解けたところだったので、その言葉でひどく気分が高揚した。  長身で均整のとれた体型のヴィンセントは、日頃のスーツ姿も完璧で、いつもその美しさに目を奪われる。婚礼用の華やかな装いともなれば、どれほど見映えがするのだろうと胸が高鳴った。直後に響く、ノックの音。 「そろそろ写真撮影に入るそうだが、莉音のほうは、支度ができただろうか?」  扉が開いて現れた人物に、莉音の視線は釘付けになった。  莉音の衣装とおなじデザインでありながら、莉音が身につけている純白とは対照的な漆黒の礼服。中のベストも漆黒で、アスコットタイと胸もとのポケットチーフはその瞳とおなじ、豪華な地模様が織りこまれたあざやかなブルー。 現れた恋人は、想像よりも遙かに高貴で美しかった。  ヴィンセントもまた、莉音の姿をとらえるなりハッと息を呑んだ。それからゆっくりと近づいてくると、ひどく感に入った様子で口を開いた。 「よく、似合っている。莉音、とても綺麗だ……」  大好きな人からの心からの讃辞に、莉音もまた、胸がいっぱいになった。 「……アルフさんこそ。とても素敵です」  あたたかな手に頬を撫でられ、その心地よい感覚に莉音はうっとりとする。 「はいは~い、ふたりの世界に入るのは、まだ早いわよお。全部終わって、ふたりきりになってからにしてちょうだいね~」  茉梨花に容赦なく割って入られて、皆がいたことを思い出した莉音は真っ赤になった。ヴィンセントもまた、横槍を入れられて苦い顔をする。だが茉梨花は、気にせずその場を取り仕切った。 「撮影の準備、できてるんでしょ? 綾子、ハニーちゃんの最後のチェック、してあげて」  茉梨花の指示を受けて、先程のヘアメイクの女性が髪型とメイクをさっと整えてくれる。胸もとにポケットチーフを飾り、襟もとやアスコットタイの形も調整してくれた。 「さあ、いよいよ本番よ。一生の思い出に残る、素敵な一日にしましょうね!」  茉梨花にうながされ、莉音は気を引き締めると、ヴィンセントらとともに階下へと移動した。

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