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第50話

8月10日。先輩とちゃんと付き合って初めての夏休み。インターホンを押して、出てきた先輩に持ってきた紙袋を差し出した。 「蒼真先輩、誕生日おめでとうございます 」 「おう、サンキュ 」 前に自分の誕生日を祝ってもらったため、自分もお祝いに来た。紙袋の中はケーキだ。 リビングに上げてもらってソファに腰掛ける。少しすると片桐先輩がジュースとケーキを持って横に腰掛けた。 「そういや昨日オープンキャンパス行ったんだって?どうだった?」 「んー、勉強の内容も楽しそうだったし、雰囲気も良かったんですけど……」 「……ですけど?」 「……玲央先輩がそこの学校通ってて……」 そう返事すると先輩は「あー……」と渋るような声を出した。 「んじゃその学校無しだな 」 「でもやりたい勉強できるの県内だとそこしか無いんですよね……。おれ元々就職希望だし諦めてもそんなにダメージ無い……と思うんですけど、姉ちゃんの旦那さんも『大学行ける環境なんだから行ったほうがいい』って言ってますし 」 「俺も県外引っ越そうか?」 「駄目ですよ。あんたすぐ『遠いから行く気なくなったー』って辞めそう 」 くすっと笑いながら冗談のように言うと、先輩はムッとした表情になった。 「まあそれは置いといて、先輩は勉強どうですか?推薦狙いでしたよね 」 「んー、なんとかなんじゃね?って思ってる。色々対策めんどくせーってくらい。あと来週TOEIC受ける 」 「……おれ来て大丈夫でした?」 「大丈夫大丈夫。むしろ春樹が来てくれてやる気も上がる 」 ありがとなーと頭を撫でて、そのまま腕が肩に降り、肩を組むように抱き寄せられる。あの事件以降しばらく体を重ねることがなかったせいか、近くに蒼真先輩のにおいと温度があるだけで心臓がどくどくと大きく跳ねた。 「……あ、あの……近くないですか?」 「んー、近いよなぁ。嫌?」 「嫌じゃ、ないですけど……あの、ケーキ食べません?クリーム溶けちゃう 」 「後で良くね?今は春樹とイチャイチャしてたいなぁ 」 「食べながらでもイチャイチャできますよ。ほら、あーん 」 話を逸らすようにケーキとフォークを持ち、先っぽを刺して口元に持ってってやる。先輩は少し不満そうにため息をついてフォークの先を口に収めた。 「……美味いけどぉ……」 「何が不満なんですか 」 「触れ合い優先したい…… 」 ひょいっといちごをつまみ、それでおれの唇をつっつく。軽く口を開けて指先ごといちごを口に含み、歯を立ててからチュッと音を立てて指だけ口から抜き取った。 軽く上目遣いで先輩と目が合うと、そのまま唇が重なる。少し長く目を瞑って、口が離れると…… 「……っふふ……口ん中ショートケーキの味する 」 片桐先輩の笑い声が聞こえてきた。確かにクリームの油っぽさは口の中で感じないが、そんな味がする……。 「もう一口どうです?」 「それってキス?それともケーキ?」 「さぁ。誕生日ですし、お好きな方をどうぞ 」 ケーキをもう一口分フォークで刺して持ち上げる。どうします?と言うようにじっと見つめると、先輩はおれの手首を握って…… 「……ん、やっぱ甘いな 」 照れ隠しに笑った先輩が、軽くおれの髪を撫でた。その手の温度が、外の真夏よりもずっとあたたかくて。 「なぁ春樹 」
「はい?」
「今年の誕生日、たぶん一生忘れねぇや 」 ぽつりと落とされた言葉に、胸の奥が少しくすぐったくなる。おれもつい、口元を緩めてしまった。 「……じゃあ、来年の夏も思い出作りましょうね。夏だけじゃなくて、これからの秋も冬も。おれの誕生日も、今度も一緒に居てほしいです 」
「当たり前だろ。俺の隣はもう春樹しか居られねえよ 」 そう言って笑う先輩の横顔を見ながら、あぁ、この人が好きだなって思ってそっと寄り添った。 窓の外では蝉の鳴く声。じいじいと夏を彩る。目を閉じても、きっと今この瞬間も———来年の夏も、その先の季節も。 隣には、きっとこの人がいる。

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