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第49話

風呂で何かしてくるだろうなと思っていたが、特に何をされることもなくただお互いシャワーを浴びただけになった。服も着替えて、髪を乾かしてもらい、片桐先輩は満足したように「はー、さっぱりした」とこちらの頭をぽんぽんと撫でた。 「……片桐先輩 」 んー?という返事の後、言う勇気が出ずに口籠る。「呼んだだけです」と誤魔化すと「そっか」と 「飯食った?まあ食ったよな。おにぎりとお菓子買ってきたから食おうぜ 」 「……食欲なくて 」 「そう?んじゃ俺だけ食べさせてもらうわ 」 片桐先輩が取り出したおにぎりは一合はあるんじゃないかという大きな爆弾おにぎりだった。どこに売ってるんだというほどの大きさで思わず見つめていると、かぶりつこうとしていた片桐先輩は大きく口を開けたままこちらに気付いた。 「大きさやばいよな。でも美味いんだよこれ 」 「どこで買ったんですかそんなの 」 「スーパーにあった。中の具たらこと高菜と鮭だってよ。これで300円 」 「え、やば…… 」 じっと見ていると半分に割って、その半分を差し出された。……ぐうぅと腹が鳴ったため、それを受け取り断面を見つめる。ぎゅうぎゅうに握られているらしく、米の密度も凄まじい。 いただきます、と呟いてかじり、咀嚼する。 半分に割ってくれたおかげで具材までの到達はしやすい。鮭おにぎりは嫌いじゃないが……このおにぎり、少ししょっぱすぎる気がする。咀嚼のペースも落ち、おにぎりを持つ手も下げて俯くと片桐先輩は、しゃくり上げるおれを片手で抱き寄せて、宥めるように頭を撫でた。 + 落ち着いた頃、スマホをいじって削除画面を開いた。……いつもここから進めないんだ。 「片桐先輩、おれの代わりにこのアカウント消してください。多分自分だと一生消せないんで 」 「ん、いいけど……なんで?」 「誰かと恋人になるのにあんま不誠実なことしたくないし、それに……今回の件、そのアカが原因で起きたんで 」 片桐先輩はどんなアカウントか気になったのか何やら操作している。ホーム画面で投稿を見たのか、一瞬目を見開いて固まり、少ししてスマホをスクロールする手が震えた。 「おまっ、これ……!」 「このアカやってないと、おれ社会復帰できなかったんですよ。中学の頃にいじめられて不登校になって、ピアス開けて、その写真上げて外との繋がりなんとか保ってて……まあ後半承認欲求だけでこんな写真撮ってたんですけど 」 耳たぶを押し潰すようにピアスホールを触る。初めて開けた場所で、痛いのに気持ちがすっと晴れたのは今でもよかったと思えることだ。 「多分先輩も一気に開けた時から気付いてると思うんですけど、おれのピアスって全部自傷行為なんです。耳も舌も体も。初めて開けた時姉ちゃんのピアッサーだったんでめちゃくちゃ怒られて、なんとなく落ち込んだままだったんでピアスの写真上げたらめっちゃ褒められて、そしたら肯定されたような気がして…… 」 「……で、なんでエロ写真ばっか上げるようになったんだよ。DMも気色悪いもんしか無えじゃねえか 」 「承認欲求……ですね……。あと、未成年の男で抜く気持ち悪い大人を見るのが面白くて。……自分より下を見ると安心できるんですよ 」 膝を抱えてそう言うと、「性格悪……」と片桐先輩はぼやいた。スマホをゆっくりスクロールする手は止めない。 「だから、嫌な記憶しかない地元以外の人間も見たくなって。もしかしたらここに住んでる人もおれで抜いてるかもしれないって思うと、何故かワクワクして……結果、今日トイレの個室に連れ込まれたんですけど…… 」 「……一気に情報量増えて頭痛えわ 」 「頭いいんですから頑張って処理してください 」 先輩と話していると心に余裕ができてきた気がする。愛ってすごいんだなと改めて実感した。 「割と写真見尽くしたんだけどさ、春樹だって断定できるような写真無くね?『ぽいなー』ってのはちょこちょこあるけど 」 「それが謎なんですよね。たまたまかもしれないし、もしかしたら本当に確信を持てるような投稿しちゃったのかもしれませんし 」 学校行事やその他に自分を特定できるようなことは一切呟いていない。まあそれでも特定できる人はできるんだろうけど……。 片桐先輩はため息をつき、「パスワード入れて」とおれにスマホを返した。ぽちぽちと打ち込み……少し葛藤してから片桐先輩にそれを渡す。数秒後、「ほら」とスマホが返された。そのアカウントは綺麗に消えて、表アカのタイムラインが画面に映っていた。 「俺、春樹のこともうちょい潔癖だと思ってたわ 」 「おれのこと嫌いになりました?」 「それは無えけど、好きな相手に自分のエロ垢暴露して消させようとすんのはどうかと思う 」 「はい……すみません 」 ド正論でぐうの音も出ない……。 目を細めて俯いていると、ぽんと頭に手が置かれた。 「明日学校行く?行ける?」 「んー……テスト近いんで行きます 」 「そっか。偉いな春樹は 」 「ですから、明日一緒に登校してください。一人じゃ結局行けなくなるかも 」 「いーよ。ていうか俺、今日も泊まるつもりだったし朝一緒に起きようぜ 」 「の割に荷物少なくないですか……?」 「今から家帰って取ってくる。元々明日は春樹と一緒にいるつもりだったから、休むなら邪魔になるなって置いてきた 」 んじゃ行ってくるわと立ち上がろうとした先輩の腕を咄嗟に掴んだ。あ、と思ったが、「どしたー?」と先輩は気にすることなく小動物でも見るような笑顔でこちらの頭を撫でてくる。 「……その、おれも行っていいですか?今日は、一人になりたくなくて 」 「いいよ。んじゃいっそ春樹がうちの家泊まる?」 「先輩がいいなら。荷物用意しますね 」 立ち上がって明日の制服と荷物を用意する。先輩は急かすことなくちゃんと待っててくれている。荷物のかさばらない夏服でよかったとカッターシャツを畳みながら思った。 「お待たせしました 」 「ん、忘れ物無いか?」 「大丈夫、全部持ってます 」 かばんを持ってくれて、更に手まで繋いでくれた。あんなカミングアウトをされたのにいつもと変わらず接してくれるのが嬉しくて、ぎゅっと腕に抱き付いた。 「片桐先輩、おれ片桐先輩のそういうところが大好きです 」 「どういうところだよ。つか、春樹に好きって言われんの新鮮だわ 」 「どういう意味ですかそれ 」 「普段言われなかったから新鮮だなーって。なあ、もう一回大好きって言って 」 「先輩の家に着いたら言いますね 」 少し距離を取るが、手は繋いだまま。夏といえど九時前ともなるともうあたりは真っ暗で、街灯の下でもない限り手を繋いでいるなんて誰も気が付かない。そっと繋ぎ方を恋人繋ぎにして「蒼真先輩、大好きです」と呟くと、少し後に「俺も、春樹が大好き。今まで出会った人の中で一番愛してる 」と、先輩も呟くように俺に返事をした。

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