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第5話 ただの海の家じゃねーか
「おーい、こっち手伝ってくれ!」
「焼きそば一丁〜!! あっちのお客さんね!」
「すんませーん、生ひとつ〜」
次の日から、海の家のアルバイトが始まった。
島の南側にあるビーチはこじんまりしているものの、砂は白いし水は透明度が高くて綺麗だ。
昨日のひっそりとしたひと気のなさが嘘のように島は朝から活気に溢れ、俺は早朝から大忙しで働いている。
「はい、生お待たせしました〜!」
「すみません、子どもたちにかき氷もいいですか?」
「はい、ただいま!」
さほど広くもない海の家だが、飲食ができる場所がここだけとあってかなりの忙しさだ。
キッチンに立っているのは、夜は島の飲み屋を営む老齢のご夫婦だとか。ふたりともこんがり日焼けした肌に真っ白なTシャツを着て頭巾を巻き、せっせと客の注文に応えていく。
そして俺は料理を運んでは会計をし、時折ビーチを歩き回ってはゴミを拾ったりルール違反者をに注意をしたりと——とにかく朝から忙しい。
気づけばあっという間に夕方だ。
だけど、疲労感は全然ない。
「結希、お疲れ。コーラ飲む?」
「おっ、ありがて〜。いただきます」
「ん」
なんてったって、凌がずっと一緒なのだ。
ド派手なアロハにハーフパンツという開放的な格好をした凌が、俺のすぐそこで笑顔を振り撒きながら働いている。
昨日はどことなく緊張気味だった凌だけど、いざバイトが始まると表情がイキイキして、大学で見るいつもの姿に戻っていた。
爽やかな笑顔を振り撒く凌を見て俺はほっとしつつ、ハーフパンツから伸びる凌のしなやかな脚を拝んだり、海で子どもたちと戯れる柔らかい笑顔にキュンキュンしたりと、アルバイトを楽しんだ。
そして海の家を閉めたあと、俺たちは夕暮れどきのビーチに並んで腰を下ろし、コーラで一服。
ざ……ざ……と寄せては返す波の音を心地よく聞きながら、喉を鳴らしてコーラを飲む凌の姿にうっとり見惚れた。
「ん? どした?」
「え? あ、いや……凌、けっこう赤くなってんなーって。温泉沁みそ〜」
「ああ……そうかも。ちょっとヒリヒリするな」
「腕とか真っ赤じゃん。凌ってけっこう色白だったんだ」
「そうなんだよ、俺、日焼けできないたちなんだよね。結希はいい色になってて羨ましいよ」
「あっ……」
不意に凌の指先が俺の腕に触れた。
制服がわりに着てねと渡されたアロハシャツの半袖から伸びる俺の腕に、コーラでうっすら冷えた凌の指が……。
俺が思わず息を呑むと、凌ははっとしたように「あ、ごめん! ひょっとして日焼けして痛いのか?」と眉をハの字にした。
「い、いや大丈夫大丈夫! そうそう、俺って日焼けしやすいタイプでさ。ほら、ハーフパンツの日焼けあともやべーだろ」
「あ……う、うん。ほんとだな」
あぐらをかいたままの状態でぺろっとハーフパンツをめくると、白い内腿と火に焼けたふくらはぎの色の対比がはっきりとわかる。
凌はちょっとバツの悪そうな顔で俺の脚に目をやったあとすぐに目を逸らし、コーラを一気飲みして息を吐いた。
「結希こそ、温泉が沁みそうだ」
「へへ。でもさ、ここの温泉トロッとしてて湯質優しいし、結構大丈夫かもよ」
「だといいけど」
とりとめのない会話をしつつ、俺は昨日目にした凌の裸をもわもわと思い出す。
フットサル後のシャワーでちらっと裸の背中程度は見たことがあったけど、素っ裸は初めて見た。
残念ながら腰にはタオルを巻いていたからしっかり見ることはできなかったが、肩幅の広い逆三角形の男らしい上半身とかきゅっと締まったエロい腰まわりはしっかり目に焼きつけた。
魅力的な鼠蹊部のラインも、背筋の綺麗なくぼみも、引き締まった筋肉に覆われた長い脚も、くるぶしの尖った足首も——……なにもかもが最高にかっこよくて、俺は勃ちそうになるアレを宥めるのに必死だった。
——どうして俺に声をかけてくれたのか、それは聞けずじまいだったなあ……。
友達の多い凌がどうして俺をここに誘ってくれたのだろうかと、ずっと考えている。
聞けばきっと、「結希、接客慣れてそうだし」とか「キャラ的に合いそうな気がして」って言われそうな気はしている。俺自身も、リゾバ向きな性格をしてると思うし。
とはいえ、そんなやつほかにもたくさんいるだろう。なのに、他学部の俺を凌は選んだんだ。
——ちょっとくらい、期待してもいいのかな…………いや、そんなわけないか。あんまり浮かれすぎると痛い目みるぞ、俺。
仲のいい友達との距離感を見誤って事故ったことが過去にもある。
中学の頃、同じサッカー部で仲の良かった友達はやたらとスキンシップが多かった。
俺のことを堂々と『親友』と呼んでくれ、ふたりで勉強したり遊びに行ったりも、たくさんした。
そんな関係が一年ほど続き、俺はもう、そいつのことをただの『親友』とは思えなくなっていた。
好きで好きでたまらなかったし、その頃ちょうどエロ知識なんかも増えてきていたこともあって、そいつにエッチなことをしてもらえたらどんなにいいだろうと夢想するようになっていた。
ふくれあがった妄想と願望と好きという気持ちが抑えきれなくなっていた俺は——夏休みに、とうとう道を間違えた。
遊ぼうと誘われて、そいつの部屋で漫画を読んで過ごしていたとき、そいつはベッドでぐうぐう昼寝をし始めた。
無防備に眠る親友は可愛くて——俺は我慢できず、そいつの唇にキスをした。
……結果、壊れた。
俺のキスで目を覚ました親友は引き攣った笑顔で、『え、なに?』と俺を見上げた。
勢いで好意を伝えた俺を見る目がすっと冷え、『いやいや、冗談キツいって』と硬い口調で突き放され——……新学期、俺の居場所はどこにもなかった。
表立って俺をからかったり非難したりする奴はいなかったけど、親友との関係は修復不可能なまでに壊れていた。
あいつは俺と目を合わせなくなったし、俺たちふたりと仲の良かった友達も部活仲間も、全員よそよそしい態度になった。
——あんときみたいな想いは、もうしたくないんだよな……。
なのに、真っ赤に燃える空の下にいる凌の姿から目が離せない。
どうして俺は性懲りも無く、人を好きになってしまうんだろう。
——いっそここが因習村で、村のおっさんたちと一緒になってよそ者の俺を凌に犯してもらえたら、どんなにいいだろ……。
でも、そんなことが起こるわけもなく。
昨晩、準備された豪華な食事を凌と村のおっさんたちといっしょに食べた。
おっさんたちは凌が友達を連れて帰ってきたことを純粋に喜んでいて、大学での凌の姿をたくさん知りたがった。
俺が面白おかしく話して聞かせた凌のイケメンっぷりを肴におっさんたちは大いに盛り上がり、楽しく夜が更けていった。
……そう、酒に薬を盛られて眠ってしまう展開とか。
そのまま神社の中に連れ込まれて『妙な儀式』を——たとえば輪姦とかをされることもなく……俺は健やかに眠り朝の四時に叩き起こされ、た海の家でアルバイトをしただけ。
そして、この健やかな暮らしがあと数日続くだけ。
——いや、でも……こっちにいる間にもうちょっとくらい仲良くなっときたい。せっかく二人きりなんだし……。
このバイトが終わったらまた、凌とはこれまでどおりの距離感に戻ってしまう。たくさんいる友達の一人に戻ってしまう。
せっかくのチャンスをふいにしたくはない。……でも、突っ走ってまた事故りでもしたら、きっと俺は立ち直れない。
迷うことだらけで落ち着かない。
でも、玉砕覚悟で想いを告げてみたい気もする。
——あああ〜〜〜もう、どうしよう。どうしたらいいんだ俺は……っ! くそっ、なんでここは因習村じゃないんだ……!?
やけくそになってコーラを飲み干すと……炭酸が気道に入って盛大にむせてしまった。
すると、ごほごほと咳き込む俺の背中を、凌が慌ててさすってくれる。
「何やってんだよ。大丈夫か?」
「ごほっ、ごほっ……ん、だ、だいじょぶ……」
「焦って飲まなくても、夕飯までまだ時間あるから」
「焦ってねーって。……ごほっ」
大きな手が背中に触れるたび、どきどき、どきどきと胸が高鳴る。
この手でもっと触れてほしい。服越しにじゃなくて、じかに触れてほしい。
背中とか、腹とか、脚……もっと敏感なところにも、たくさん触ってほしい。
咽せて涙目になりながら凌をちらりと見上げると、心配そうに俺を見つめる形のいい双眸と視線が絡む。
いつものように、凌はちょっと首を傾げて優しく微笑んだ。
——ああ……好きだなあ。この笑顔が好きで好きで、もう、俺……っ。
「ん? どした?」
「……う、ううん。なんでも……」
「ったく。世話が焼けるなぁ、結希は」
「う、うるせー」
結局言えない。告白なんて怖くてできない。情けない自分に腹が立つ。
だが、凌は俺の複雑な心情など気づくはずもなく、すっと立ち上がってこう言った。
「ごめん、今日は俺、夕飯のときいないかも。祭の準備、しないとだから」
「え? ああ……いってたやつか。俺、手伝うよ?」
「いや、いいよ。海の家があんなに忙しくなると思わなかったし、結希はゆっくり休んでて」
「う、うん……」
俺も立ち上がり、尻の砂を払う。
徐々に夜の色を濃くしてゆく空を見上げる凌の横顔がなんだか遠くて、俺は少し悲しくなった。
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